統計不正によって公的統計がわからなくなった!
平成とはどういう時代であったのかを振り返る企画が流行っていますが、「平成経済」の検証には難題が立ちふさがっています。統計法に基づく基幹統計の一つ、「毎月勤労統計調査」が2004年から15年間にわたり不正な手法で行われ、しかも2011年までの8年分の資料が廃棄されたため、この期間の賃金の実態を公的な統計によって把握することができなくなっているからです。
厚生労働省所管のこの統計の不正は、2018年12月に発覚しました。その後、政治による統計への介入が疑われる事態も判明し、国会で重大な問題として取り上げられてきました。しかし、野党の追及に対し、閣僚や政府参考人は誠実に答弁せず、真相究明のために必要な資料提出も不十分なまま、この問題の審議は2019年5月21日の参議院厚生労働委員会をもって幕切れとなっています。
厚生労働省は過去の検証は終わったとの姿勢で、5月22日の第43回労働政策審議会で再発防止策を報告しています。①職員に対する統計研修や他府省・民間との人事交流、②統計業務の改善、調査内容の正確な公開、③ガバナンス強化と外部有識者による審議の仕組み強化の3点がその内容です。また、総務省統計委員会も点検検証部会を立ち上げ、5月23日に「公的統計の総合的品質管理を目指して(素案)(第1次再発防止策)」を発表しています。「事後的な検査、外部からの監察・評価には限界がある」として、再発防止の第一に「品質はプロセスで作り込む」と標語のようなものを掲げ、「分析審査担当官」設置や職員研修強化を提案しています。
専門職の配置や研修強化の必要性には筆者も賛同しますが、不正の動機も虚偽を公表し続けてきた組織の内情も明らかにされず、平均給与額の対前年比率の上振れ(実態より良い数値を示している)の要因分析も徹底されず、政治介入の疑惑も晴れないままの状況で、「これからは調査内容を正確に公開します」「品質を保証しうる調査プロセスを確立します」といわれても、鵜呑みにするわけにはいかないのではないでしょうか。18年から新たに採用された調査手法の妥当性や結果の示し方も、決定プロセスにおいて政権に都合よく改定されたのではないかとの疑惑が晴らされていないため、どうも納得できません。
本稿では、この間の事実究明の経過を振り返りつつ、残された疑問と課題を挙げてみたいと思います。
毎月勤労統計と15年前の不正
そもそもの確認から入りますが、毎月勤労統計調査は、月々の賃金(所定内と所定外給与、特別に支払われた給与)、労働時間(所定内・所定外労働時間、出勤日数)、雇用(常用労働者数)の変動を把握するための公的統計です。所管は厚生労働省で、常用労働者を5人以上雇用する約190万事業所を母集団とし、そこから抽出した約3万3000事業所を調査するものとされています。
ただし、この統計の「調査計画」によれば、規模500人以上の企業については「抽出」ではなく、「全数」を調査しなければならないとされています。事業所規模で500人以上の大企業ともなれば、数はある程度限られるうえ、企業ごとの賃金水準の差が大きく、抽出調査にしてしまうと誤差が大きくなり、母集団の特性を反映できなくなるためです。
ところが、厚生労働省は、2004年以降、東京都の大企業について全数調査ではなく抽出調査に切り替えていました。しかも調査対象事業所(18年であれば1464)を約3分の1(同年10月分把握で491)しか調査しないばかりか、そのデータを約3倍(3分の1の数しか調査していないので)にする「復元」作業もしていませんでした。つまり、賃金が高い東京の大企業のデータが3分の2欠けたまま集計され、長い間、平均給与額や名目・実質賃金指数が低めに集計されていたのです。
不正の隠蔽と発覚
こうして2004年から始まった不正調査を、厚生労働省は2018年1月から、ひそかに部分的に修正しました。東京都の大企業について、本来あるべき全数調査としないまま、3分の1調査したデータを3倍に「復元」することだけを行ったのです。これにより、18年1月から12月までの毎月勤労統計調査の賃金の対前年比率は、不正調査で低めだった前年同月との対比ですから、当然のことながら実態より上振れした数値となりました。賞与を含む現金給与総額で見た上昇率は1月で1.2%、6月では3.3%を示し、これらは「アベノミクスの成果」などとうたわれました。
この結果に違和感を持ったのは労働者だけではありません。経済や財政、統計の専門家たちからも疑問の声が上がり、総務省も18年8月の統計委員会で議題として取り上げました。しかしその際、厚生労働省は、不正や部分的修正をしたことを隠したまま説明をしていました。賃金の対前年比率が高めに出ていることは認めたうえで、それは統計委員会の確認に沿って行った、中規模事業所の調査対象の入れ替え(サンプル入れ替え)と、平均賃金を算出する際に使う業種別・事業所規模別の労働者数のデータの更新(ベンチマーク更新)作業の影響であり、結果に問題はないという報告でした。
30~499人の中規模事業所については500人以上の企業とは違い、もともと調査対象を抽出する方法で実施されることになっており、18年1月はこの中規模事業所の2分の1を入れ替えるタイミングでした。
同時に、事業所の回答から得られた賃金データ(調査票記載の賃金のデータのこと)の合計から平均値を出すために必要な労働者数のデータ(「ベンチマーク」といいます)を、最新の「経済センサス」の結果を反映したものに切り替えるタイミングでもありました。
抽出調査にしてしまうと誤差が大きくなり、母集団の特性を反映できなくなる
飯塚信夫神奈川大学教授は2019年3月14日に行った日本記者クラブでの講演、「統計不正問題の深層~毎月勤労統計問題とは何だったのか」において、「大規模事業所については復元すれば、標本調査でも良いとの意見は間違い」と明言。トヨタ自動車が選ばれるか否かで調査結果はかなり変わるということを考えてみればわかる、と説明されています。
賃金指数
平均賃金の時系列の変化を見やすくするため、毎月勤労統計では、ある年度(基準時)の平均賃金を100とする指数で各年度の賃金水準を示しています。この指数を「賃金指数」といいます。
30~499人の中規模事業所について
30~499人規模の事業所については、2017年までは2~3年ごとに対象事業所を全部入れ替えていました。これを18年、19年は各年に2分の1ずつ入れ替え、20年からは毎年3分の1を入れ替えていく方法にすることが統計委員会で決められていました。
日雇い労働者外し
「日雇い外し問題」は19年2月12日の、衆議院予算委員会で小川淳也議員(立憲民主党会派)が論点として取り上げ、追及しました。4月11日の衆議院総務委員会で同議員の質問に対し、厚生労働省は、常用労働者の定義変更があった事業所群となかった事業所群が併存した17年12月、18年1月のデータを使い一定の仮定を置いたうえで試算を行った結果、現金給与総額の影響について特段の方向性は認められないと答弁しましたが、その試算方法には疑問が上がっています。
「サンプル入れ替え」や「ベンチマーク更新」の際には、必ず「遡及改定」は行われてきた
毎月勤労統計調査のサンプル入れ替えは2~3年ごとに行われてきました。過去30年、11回のサンプル入れ替え時を振り返ると、9回はマイナスのブレ、2回はプラスのブレが発生している。15年1月には-2932円、-1.1%のギャップが生じており、これについて、従来どおり遡及改定の措置が行われ指数の接続がなされていました。