「経済センサス」とは国全体の企業の活動や産業構造を明確にし、各種の経済統計調査の事業所母集団情報を提供することを目的とした基幹統計調査です。筆者の推測ですが、これらの切り替え時には、データの継続性に断絶が発生しますから、このタイミングに「復元」を行えば、数字のブレに気づかれないと考えたのではないかと思われます。
その後も、厚生労働省の説明では納得できないとの統計ユーザーの疑問の声は強く、18年9月14日の閣議後の記者会見では当時の加藤勝信厚生労働大臣に質問がぶつけられています。 加藤大臣は、「統計委員会の議論に則ってやっている。我々が操作しているわけではない」としつつも、「逆の言い方をすると、旧統計の時に低かった。そこをどう考えるかということもあるかもしれない」などと語り、あとから振り返ると、この段階で不正を知っていたのでは?とも疑われる答弁をしています。
後を継いだ根本匠厚労大臣にも10月の記者会見で質問がなされ、根本大臣は「経済財政諮問会議の指摘を受けた上で、政府の統計委員会でこの方式でやるべきだということの提言・指摘を受けて今取り組んでおりますから、これ自体はやり方は適切な方式」と答えています。
しかしその後、調査対象の入れ替えがないはずの大規模事業所のデータにおいても、「入れ替え」によると見られる「不連続性」が発生していたことを統計委員会が発見。西村清彦統計委員長らが厚労省担当者に説明を求めると、担当者は東京都の大規模事業所でも抽出調査としていたと白状し、委員長がその報告を咎めることで、統計調査の不正が発覚したのです。18年12月13日のことでした。
ただし、厚労省が不正を公にするのは年明け1月11日です。12月21日には不正が隠されたまま、毎月勤労統計調査の「18年10月分結果確報」(現金給与総額は対前年同月比で名目+1.5%、実質-0.1%)が公表され、同日、予算案が閣議決定されています。また、この時期、厚労省の労働政策審議会が12月14日、26日と開催され、「高度プロフェッショナル制度(労働時間規制の適用除外制度)」に定める年収要件の金額(年収によって高プロ制度の適用範囲を決める)をめぐる労使の論争が行われていました。その年収は「毎月勤労統計を算定根拠とする」と規定されており、不正が発覚し、数字が怪しいとなれば審議はふっとんでいたでしょう。
政府が不正調査の公表を1か月遅らせたのは、予算案の閣議決定や高プロ省令の答申への影響を懸念してのことで、ご都合主義で真実の公表は見送られたのではないかと疑われます。
虚偽の影響は甚大
毎月勤労統計調査の示す平均給与額や賃金指数は、内閣府の月例経済報告や中央・地方最低賃金審議会で、労働・経済情勢を示す指標として重視され、GDPの雇用者所得の算出にも使われています。政府や経済学者だけでなく、経済界や労働組合も、情勢判断や政策評価のうえで重視してきた統計です。
また、この統計の平均給与額は、各種制度の給付の算定に使われています。雇用保険関係では、失業給付の賃金日額の上限・下限額や高年齢雇用継続給付、育児・介護休業給付、事業主に払われる雇用調整助成金等に用いられ、労災保険関係では休業・傷病・障害・遺族補償の各給付、船員保険の障害・遺族補償給付などの基礎日額に乗じるスライド率の算定に使われています。厚労省によれば、04年夏以降、19年の3月17日までにこれらの給付を受けてきた延べ2015万人の人たちの給付額は過少となっており、その被害額は約568億円にのぼります。給付漏れの支払いにかかるシステム改修や人件費など事務経費も含めると、総額約800億円の支出が必要と推計されています。現に給付を受けている76万人には追加給付が始まっていますが、1000万人は住所不明で、ハローワークのデータと住民基本台帳ネットワークとを突合させてもすべて割り出すことは困難でしょう。そもそも、雇用保険や労災保険は、労働者やその遺族が一番困っているときの生活を支える重要な給付であり、生存権と勤労権保障の義務を国が果たすための重要な制度です。あとから支払っても、最も困窮したときの苦難を救うことはできません。まさに、取り返しのつかない事態といえます。
「労働者」の定義も変えていた
2018年8月の統計委員会における厚労省の虚偽の説明では、平均給与額の上振れ+0.8%のうち、中規模事業所の「サンプル入れ替え」の影響は0.1%、「ベンチマーク更新」の影響は0.7%とされていました。
これが不正発覚後に再集計された結果では、東京都の大企業の「復元」の影響が0.3%、中規模事業所の「サンプル入れ替え」の影響が0.1%、「ベンチマーク更新」の影響が0.4%と変わりました。また、17年末までの各月の平均給与額は、不正により平均0.6%過少であったと公表しました。
ただし、これでもなお要因分析は尽くされていません。実は、調査対象である「常用労働者」の定義を切り替えていたのです。17年までは、「期間を定めずに雇われている者」、「1か月を超える期間を定めて雇われている者」、「臨時又は日雇い労働者で前2か月間の各月にそれぞれ18日以上雇われた者」のいずれかに該当していれば「常用労働者」としていました。これを、18年以降は「期間を定めずに雇われている者」と「1か月以上の期間を定めて雇われている者」に変更し、従来は対象外だった1か月の雇用契約で働き始めたばかりの人をあらたに対象に含めました。一方で、「日々雇用(日雇い)の契約形態で2か月以上、常用的に就労している労働者」を対象から外していたのです。
この「日雇い労働者外し」の件は、「サンプル入れ替え」や「ベンチマーク更新」とは異なり、18年4月までは報告書に記載もされていませんでした。労働者に日雇いの人たちを含まなくすれば、賃金の数値が上振れする可能性があり、統計委員会でもこの措置には異論があったにもかかわらず、注記もつけられていなかったのです。
ギャップの「遡及改定」もなされないことに
厚労省は、不正発覚後、東京都の大規模事業所の賃金データの「復元」作業が可能な12年までさかのぼり、数値を修正しました(04年から11年までは必要な資料が廃棄され作業は完遂できず)。また、平均給与額における平均0.6%の過少分は、雇用保険や労災保険の追加給付分を算定する基準の数値とされ、運用されることになりました。
他方で、中規模事業所の「サンプル入れ替え」と「ベンチマーク更新」による影響については、過去にさかのぼって数値を修正する「遡及改定」は行わず、そのまま放置しています。
抽出調査にしてしまうと誤差が大きくなり、母集団の特性を反映できなくなる
飯塚信夫神奈川大学教授は2019年3月14日に行った日本記者クラブでの講演、「統計不正問題の深層~毎月勤労統計問題とは何だったのか」において、「大規模事業所については復元すれば、標本調査でも良いとの意見は間違い」と明言。トヨタ自動車が選ばれるか否かで調査結果はかなり変わるということを考えてみればわかる、と説明されています。
賃金指数
平均賃金の時系列の変化を見やすくするため、毎月勤労統計では、ある年度(基準時)の平均賃金を100とする指数で各年度の賃金水準を示しています。この指数を「賃金指数」といいます。
30~499人の中規模事業所について
30~499人規模の事業所については、2017年までは2~3年ごとに対象事業所を全部入れ替えていました。これを18年、19年は各年に2分の1ずつ入れ替え、20年からは毎年3分の1を入れ替えていく方法にすることが統計委員会で決められていました。
日雇い労働者外し
「日雇い外し問題」は19年2月12日の、衆議院予算委員会で小川淳也議員(立憲民主党会派)が論点として取り上げ、追及しました。4月11日の衆議院総務委員会で同議員の質問に対し、厚生労働省は、常用労働者の定義変更があった事業所群となかった事業所群が併存した17年12月、18年1月のデータを使い一定の仮定を置いたうえで試算を行った結果、現金給与総額の影響について特段の方向性は認められないと答弁しましたが、その試算方法には疑問が上がっています。
「サンプル入れ替え」や「ベンチマーク更新」の際には、必ず「遡及改定」は行われてきた
毎月勤労統計調査のサンプル入れ替えは2~3年ごとに行われてきました。過去30年、11回のサンプル入れ替え時を振り返ると、9回はマイナスのブレ、2回はプラスのブレが発生している。15年1月には-2932円、-1.1%のギャップが生じており、これについて、従来どおり遡及改定の措置が行われ指数の接続がなされていました。