福島原発事故の政府と東電の対応と処理、「モリカケ疑惑」に対する政権の対応につけるべき批判だ。
中国のずさんな安全対策を引き合いに「日本では起こり得なかった事故」という「日本ボメ」もいただけない。脱線電車がマンションに激突し107人もの犠牲者を出したJR福知山線事故(05年4月)を忘れたのだろうか。
他者攻撃によって成り立つ自己肯定と、それによって形成された世論のシナジー(相互作用)のモデルケースを見る思いがした。
「日本は一流国」が急上昇
「日本ボメ」が「3・11」後に顕著になるのは、経済の低迷に続いて技術神話も砕け、日本社会に自信喪失感が広がったことと無関係ではない。
そんな仮説を裏付けるデータがある。NHK放送文化研究所が、高度成長期の1973年から5年ごとに行っている「日本人の意識」調査である。この中の「日本人は、他の国民に比べて、きわめてすぐれた素質をもっている」と「日本は一流国だ」という、気恥ずかしくなるような二つの設問への回答を表にしたグラフを見てほしい。
2013年は「日本人は、他の国民に比べて、すぐれた素質をもっている」が67.5%と、前回調査(08年)より10ポイント以上も増え、「日本は一流国だ」の回答も54.4%と、約15ポイントも跳ね上がる結果になった。
13年は、国内総生産(GDP)の総額で日本は中国に追い抜かれてから3年後、「3・11」の2年後でもある。前年には、尖閣諸島と竹島(韓国名:独島)領有権をめぐり日中・日韓関係が急激に悪化した。
「すぐれた素質」「一流国」を誇れるような現実はどこにもないにもかかわらず、数字は反比例的に跳ね上がったのである。
グラフの変化をたどると興味深い。バブル前夜の1983年はそれぞれ「70.6%」に「56.8%」と、肯定的回答がピークに達した。79年に米社会学者エズラ・ヴォーゲルが『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を出版し、日本が海外から持ち上げられた時代。多くの日本人が有頂天になった様子が素直に反映された数字だ。
バブルがはじけた98年、数字は「51.0%」と「37.5%」まで下落した。97~98年、山一證券と日本長期信用銀行など大手金融機関が相次いで破たんし、日本経済が長期停滞に入った時代を反映していると言っていいだろう。
しかし98年と2003年を「底」に、長期にわたる経済の低迷をよそに、数字は08年、13年と、どんどん上昇していく。これをどう説明すればいいのだろう。
最新の18年は「64.8%」に「51.9%」と、13年よりは下落した。少しは現実を見つめる冷静さが戻ったのなら結構なことだが、調査開始からの46年間の流れの中で見ると、依然として高水準にある。
「国家」にすがる不安意識
不安にさいなまされ、自信が持てない現実の裏返しとして、日本をホメまくる心地のよい言葉を聞いて「癒される」。そんな平均的な日本人の心理状態が浮かび上がる。逆境になればなるほど「日本ボメ」が、かま首をもたげる。
各社の世論調査結果を見ると、20歳代、30歳代の安倍政権支持率は、他世代より高い傾向にある。不景気が常態になった時期に生まれ育った彼らは、現状肯定意識が強いとされる。
一方、ヘイトスピーチ・デモの参加者は、国旗や旭日旗を掲げることで「国家の大義」を背負う幻想に浸り、自分たちより社会的立場が弱い人々に罵声を浴びせ、「敵対型ナショナリズム」を満足させる。
不安定な雇用に低賃金、少子高齢化が進み、年金制度をはじめ不確実な将来への不安が雪だるま式に膨らむ。不安が膨らむ中で、「国家」に拠り所と居場所を求める。安倍が叫ぶ「世界の真ん中で輝く日本を」とか、「日本を、取り戻す」といったスローガンは、現実には存在しない「大国」願望を、ある程度満たす答えなのかもしれない。
少なくとも、「これ以上悪くなってほしくない」と「同じことをやるなら経験を積んでいる政党の方が安全」(前出・片山杜秀)という意識の反映であるのは間違いあるまい。
自信喪失の中で敵を探そうとする心理について、アメリカの政治学者、故ベネディクト・アンダーソンは次のように言う。
「自分の国がどうもうまくいっていないように感じる。でも、それを自分たちのせいだとは思いたくない。そんな時、人々は外国や移民が悪いんだと考えがちです。中国、韓国や在日外国人への敵対心はこうして生まれる」(「朝日新聞」、2012年11月13日)
日米安保の相対化を
ナショナリズム製造装置を再起動する機会は、これからも外交面でたくさん待ち構えている。
まず、主要20カ国・地域(G20)首脳会合が6月末大阪で開催。安倍は「日本が主催するサミットとしては史上最大」と自画自賛した。米中首脳会談をはじめ日中、日ロなど、形ばかりの「大国外交」の見せ場が揃った。
そして10月22日、皇位継承に伴う「即位礼」が世界約195カ国の元首らを迎えて行われる。年が変わり2020年。今度は国を挙げてナショナリズムを煽るイベント「東京五輪」の番だ。「頑張れニッポン」の大合唱は、スポーツ・ナショナリズムの枠を超え、安倍が大好きなスローガンの「世界の真ん中で輝く日本」という幻想と高揚感を多くの日本人に与えるのではないか。 5回にわたり、この6年半に及ぶ「安倍外交」を振り返った。連載の第1回で展開したように、今世界で起きている流動化状況は、第二次世界大戦後に形成された米一極支配と同盟構造の崩壊が引き金になった。にもかかわらず安倍外交は、「日米同盟の深化」という事実上の対米追従外交を続け、自ら選択肢を狭めている。
ドイツや英国など多くの欧州「同盟国」やASEANの「同盟国」は、中国の台頭という現実を受け入れたうえで、米国との同盟に代わる新たな関係と距離を模索し始めている。
では日本はどうすべきなのか。
そのヒントを、5月末来日したマハティール・マレーシア首相が与えてくれる。5月30日、東京で開かれた「第25回国際交流会議 アジアの未来」(日本経済新聞社主催)で、彼は流動状況下での自らの選択を説明した。「日経電子版」(2019年5月30日)から引用する。
・米中対立とファーウェイ問題
「衝突は選択肢としてあってはいけない。完全な破壊は解決にならない」と述べ、両国に自制を求めた。米国が輸出を禁じる中国の通信機器最大手、華為技術(ファーウェイ)について「技術を可能な限り利用したい」と語った。
・南シナ海問題
軍事拠点化を進める中国に対して「戦争に発展すれば東南アジア全体が破壊される。南シナ海に戦艦が停泊するようなことがあってはならない」と自制を求めた。米国に対しても「戦艦を送る脅しのアプローチを使うべきではない」とけん制を抑制するよう主張した。「すべての国が机の上での交渉で解決すべきだ」と提案、地域間の対立を解消する新たな枠組みの必要性に言及した。
・対中姿勢
「新しい強力な中国を認識しなければならない」と、中国と向き合う必要があると強調した。「西側諸国は中国がいつか民主化すると思っているがそうではない。政権を変えようと強制してはいけない」とも述べた。「お互いが良い関係を築けば、そこから変化が起きる。中国はオープンで開放的だ」との認識を示した。
マハティールの姿勢は、「中国も米国も敵視しない」ことにあり、決して米中の「中間」を選択している訳ではない。事の是非と「国益」に基づき、自立的に判断する重要性をわれわれに教えてくれる。