2020年1月19日、日米安全保障条約は、改定から60年を迎えた。2019年末には自衛隊の中東派遣が閣議決定され、年明けからはアメリカとイランとの緊張関係が続いている。安保改定60年を経た今、これからの日米同盟はどうあるべきか、ジャーナリストの布施祐仁さんに寄稿していただいた。
中東への自衛隊派遣をめぐり、衆参両院で1月17日、閉会中審査が行われた。この問題に関して国会で実質的な審議が行われたのは、これが初めてである。派遣の理由や目的を日本政府がどのように説明するのか注目していたが、説明を聞いてもよく分からなかったというのが正直な感想であった。
今回の派遣が分かりにくいのは、中東における日本関係船舶の安全確保のための派遣だと言いながら、直接日本関係船舶を護衛することはせず、「情報収集」だけを行う点である。日本政府は、その理由を、直ちに日本関係船舶の防護が必要な状況ではないからだと説明する。閉会中審査でも、河野太郎防衛相は「湾岸諸国が日本の船舶を特定して攻撃してくる状況ではない」「自衛隊が武力紛争に巻き込まれる危険があるとは考えていない」などとくり返した。
日本関係船舶が攻撃される危険がないのに、なぜ派遣するのか。これについては「緊張が高まっているから」と説明するが、どうも腑に落ちない。
本質は「日米同盟のための派遣」
確かに、今回自衛隊が活動する海域(オマーン湾、アラビア海北部、バベルマンデブ海峡東側の公海)は、2009年に海賊対処のためにソマリア沖・アデン湾に自衛隊を派遣した時のように、民間船舶が常時攻撃の危険にさらされている状況ではない。あの時は年間100件以上の海賊被害が発生し、日本国籍のタンカーもRPG(ロケットランチャー)で攻撃されるなどの被害を受けていた。しかし、今回は、昨年(2019年)5~6月にオマーン湾でタンカーが何者かに攻撃される事案が相次いだが、それ以降は攻撃は発生していない。
朝日新聞(2020年1月13日朝刊)は、昨年6月にトランプ大統領が「(ホルムズ)海峡から中国は91%を、日本は62%の石油を運んでいる。なのになぜ、見返りもなしに我々が他国の海上輸送路を守らなければならないのか」とツイッターに書き込んだのが、日本政府が自衛隊の中東派遣の検討を開始するきっかけになったと報じている。
このことが示しているように、日本関係船舶が攻撃を受ける危険がないにもかかわらず自衛隊を派遣する最大の理由は、アメリカへの配慮だ。
では、アメリカが有志連合を組織してイランの目前で軍事作戦を始めたのは、トランプ大統領が言うように「他国の海上輸送路」を守るためなのだろうか。
そもそも、この地域の緊張が高まったのは、2018年5月にイランとの核合意から一方的に離脱したのが原因である。アメリカとイランとの間では緊張が高まっているが、中国とイラン、日本とイランとの間で緊張が高まっているわけではない。トランプ大統領が言う、中国や日本など他国の海上輸送路を守るための作戦という主張は成り立たない。
では、何のための有志連合の作戦なのか。
考えられるのは、イランに対する軍事的包囲網の構築だ。アメリカは、イランを「新たな合意」に向けた交渉のテーブルに着かせるために、「最大限の圧力」をかけると公言している。今回の有志連合の作戦も、イランとの対立に同盟国なども引き入れ、一緒になってイランに軍事的圧力をかけるというのが、真の目的なのではないか。
それに対して日本は、イランとの伝統的な友好関係に配慮して有志連合への参加は見送る一方で、同盟国アメリカからの協力要請に「何もしないわけにはいかない」という判断から独自に自衛隊を派遣することした。そして、有志連合に加わらずに最も有志連合の活動に貢献できる方法を検討した結果、「情報収集」を行うことにした可能性が高い。
特に、洋上の広い範囲を監視できる哨戒機は船舶護衛作戦に不可欠のアセット(装備)であり、ソマリア沖・アデン湾でも自衛隊のP3C哨戒機による警戒監視活動は、アメリカはじめ同海域で海賊対処活動などを行う国々から高く評価されている。今回も、有志連合には参加しないが、船舶護衛活動を行う有志連合の目となり耳となって同盟国アメリカに貢献しようという思惑があるのではないか。
実際、バーレーンに置かれている米海軍第5艦隊の司令部に自衛隊のLO(連絡幹部)を常駐させ、自衛隊が収集した情報は有志連合とも共有するという。つまり、形式的には有志連合に加わらなくても、実質的には一体化して作戦を行うことになる。
日本政府が「日本関係船舶の安全確保のため」と説明する今回の自衛隊派遣だが、その内実は「日米同盟のための派遣」というのが私の見立てである。
在日米軍は日本を守っているのか?
私がSNSに「今回の中東への自衛隊派遣は日米同盟のための派遣だ」と批判的な投稿をしたら、ある人から「米軍なしに日本の国防は成立しませんから、名目はどうであれ協力せざるを得ませんよ」というリプライがあった。この人は、日本の国防が米軍なしには成り立たないことを理由に、名目がどうであろうと米軍が中東で行う作戦に協力しないという選択肢はないと考えているようだ。
しかし、「米軍なしに日本の国防は成立しない」という前提は、そもそも正しいのだろうか。
アメリカの国防長官や副大統領を歴任したディック・チェイニー氏は、米議会で次のように証言している。
「米軍が日本にいるのは日本を防衛するためではない。米軍にとって日本駐留の利点は、必要とあれば常に出撃できる前方基地として使用できることである。(中略)極東に駐留する米海軍は、米国本土から出撃するより安いコストで配備されている」(1992年3月5日、米下院軍事委員会)
さらに、自衛隊統合幕僚会議事務局長や自衛艦隊司令官などを歴任した香田洋二氏(元海将)も、外務省が発行する外交専門誌に寄せた論稿の中で、日米同盟の性格について明快に述べている。
「日本防衛の任務を専ら自衛隊が担うため、その任務から解放された米軍は、米国の世界戦略を唯一直接支える米国の重要なツールになっていることから、日米同盟は、日本海から中東まで世界のホットスポットに米軍を展開させる際に不可欠な重要拠点となっています」(『外交』Vol.45、2017年9/10月)
この二つの証言が示しているのは、アメリカは日本を守るために米軍を日本に配備しているのではないという事実である。日本防衛を担っているのは専ら自衛隊で、在日米軍の役割は、いつでもアジアや中東に展開できるように備え、実際にこれらの地域での作戦に参加し、それを支援することにある――これこそが日米同盟の本当の姿である。
日本の国防は米軍なしに成立しないから、どんな名目であれアメリカが主導する有志連合の活動に協力しなければならないというロジックは成り立たない。
有志連合
2019年11月にアメリカ主導で発足した多国籍部隊。中東のホルムズ海峡周辺などで船舶の護衛や海上の監視等を行う。現時点でアメリカ、イギリス、オーストラリア、バーレーン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、アルバニアの7カ国が参加している。