【図1】労働災害発生率
【図2】労働災害発生率
図1、図2ともに、厚生労働省「人生100年時代に向けた高年齢労働者の安全と健康に関する有識者会議報告書」より
厚生労働省は、所管した「人生100年時代に向けた高年齢労働者の安全と健康に関する有識者会議」で、以上のような知見の報告書をまとめている。それにもかかわらず、法案にフリーランス化を導入するとは、人の命よりも政権の意向を忖度したのか?と勘繰りたくなる。
(2)退職後の業務委託化の手続き規定にも問題が
いったん退職した元従業員を、業務委託で働かせるための手続き規定にも問題がある。①業務内容を事業主が決め、②実施計画を作成、③その内容について過半数労働組合もしくは労働者の過半数代表者と事業主との合意を得るよう努め、④計画を対象者に周知すればよい、とされているのである(これらは法案には記載がなく、厚生労働省が労働政策審議会に示したイメージだが、そのまま指針とされる可能性がある)。
委託契約になったとはいえ、元従業員だった人であるから、事業主は退職前と同様の指揮命令をする可能性が高い。そうなれば、委託契約は労働契約を偽装した違法なものになる。こうした違法を誘発する危険な行為を、職場の労使合意によって合法化するなど、労働法としてあり得ない。労働者の過半数代表者の同意など、多くの場合歯止めにならず、使用者の意のままの結論が導き出されてしまうし、そもそも労使が合意しようが、労働基準法の適用を免れることはできないというのが、労働基準法の大原則だからである。
(3)やがてフリーランス化促進は他の年齢層にも波及する
なかには、労働者が退職・起業し、古巣の企業と取引をする、いわゆるスピンアウト型・スピンオフ型起業(後者は古巣企業と資本関係がある場合)は既に行われており、日本の中小企業はもともとこういう形から発展してきたのではないか、との反論もあるかもしれない。しかし、意欲・能力・体力・資金調達力を備えた個人が、労働法の規制を離脱して独立・起業の決断をする事例を理由として、「労働法の中に」労働契約を委託契約へと切り替えられる制度を設けることを許してはならない。起業は、労働法とは異なる民法、商法、経済法の範疇(はんちゅう)に属する行為として、区別するべきである。
それにしても、労働者保護制度からはみ出るような選択肢を労働法の中に組み込もうなどという案を、誰が考えついたのか。それを探ってみると、「未来投資会議」(19年5月15日開催、第27回)にたどり着いた。同会議は、「産業競争力会議及び未来投資に向けた官民対話を発展的に統合した成長戦略の司令塔」と位置付けられた首相の諮問機関である。労働法の破壊を虎視眈々(こしたんたん)と狙う面々がまとめた提案を、労働政策審議会は、阻止することができなかったのである。
安倍首相直属の諮問機関である全世代型社会保障検討会議が出した「全世代型社会保障検討会議・中間報告」を読むと、フリーランス化の促進は高齢者だけでなく、全世代において「多様な働き方の一つとして」進むものとされている。今回、高齢者雇用安定法において「フリーランス化手続き制度」が成立すれば、おそらく他の年齢層に向けた法制度にも適用されていくのではないだろうか。
法案の前提は欺瞞だらけ?
この高齢者雇用安定法案を成立させようとする「立法趣旨」にも、欺瞞を感じざるを得ない。冒頭にあげた「建議」の内容をさらに詳しく見てみたい。
まず、少子高齢化の原因を分析せずに、それが解決できないものであり、経済社会の活力維持のために高齢者の労働力化が必要だと断定している点。次に、高齢者の就業率の上昇について、その原因に触れずに就労ニーズがあると見なし、それに応じた「活躍の場」を提供することが必要としている点。そして、「働く意欲がある」高齢者にのみ焦点を当て、そうした人が活躍する環境整備を打ち出す一方、働くことができない高齢者を視野の外に追い出している点が特に大きな問題ではないかと考える。
少子化は、長きにわたる自民党政権の労働政策の帰結である。長時間労働の蔓延(まんえん)、非正規化の推進、賃金の長期にわたる下落、待遇における女性差別、待機児童問題に象徴される子育て支援策の不十分さといった要因が、出生率を牽引(けんいん)する20~30代層を直撃し、本人の希望とは別に「晩婚晩産」あるいは、子を持たない選択を強いてきた。しかし、「建議」はこうした側面を無視し、本来行うべき政策(安定雇用と賃金の向上、ジェンダーギャップの是正・根絶、子育て支援策の拡充等)の必要性に触れず、高齢者の労働力化を必然のものとしている。
「事業主に対し、新たに65歳から70歳までの雇用もしくは就業の確保を図る努力義務を課すこと」
立法根拠となる首相直属の諮問機関「全世代型社会保障検討会議・中間報告」(2019年12月19日発表)によれば、制度の定着状況をみて、いずれ義務化するとしている。
建議
厚生労働大臣の諮問を受け、労働政策審議会(職業安定分科会雇用対策基本問題部会)によって2019年12月25日にまとめられた法案に関する結論。「高齢者の雇用・就業機会の確保及び中途採用に関する情報公表について」
高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の一部を改正する法律案
雇用保険法等の一部を改正する法律案 新旧対象表。この法案のなかに高年齢者雇用安定法案がある。75~82P。
以上のような知見の報告書
報告書は、労災が多くなる傾向を指摘し、事業主に高齢者の特性をふまえた安全衛生についての対策を求めている。ハード面(設備、装置など環境配慮)だけでなく、ソフト面(勤務時間、勤務形態、作業スピード)などの配慮も必要としている。
「日切れ法案」
一定の期日までに成立が不可欠とされている法案。特定の期日に開始すべき施策に関する法律案、予算と関係する法律案などをいう。
雇用保険への国庫負担を本来あるべき金額の10分の1に削減したままとする原案
雇用保険における国庫負担金は2007年の法改正で本来の負担額の55%に、17年に10%へと下がっている。これを2020年、21年も継続するという内容である。
国庫負担を本則に戻す
雇用保険の1/4を国庫が負担するというのが本則。