果たして95年、12人の有識者で組織する「臨時大深度地下利用調査会」が発足。その後3年をかけて、建物の地下階、構造物の基礎、井戸、温泉の位置を調査した結果、調査会は、大深度の地盤は「固く変形しにくい」ことに加え、東京、名古屋、大阪の3大都市圏での地下30m以深は、温泉や井戸などを除けばほとんど使われていないことから、「速やかに適正な法制度の構築を期待する」とした答申を橋本龍太郎内閣総理大臣に提出した。
この答申をもとに、内閣が作成し、01年4月1日に施行されたのが大深度法である。
大深度法は、東京23区を中心とする「首都圏」、名古屋市を中心とする「中部圏」、そして大阪市を中心とする「近畿圏」の人口密集地である3地域のみが対象とされ、事業者は、公共性のある事業(電気、ガス、水道、鉄道、道路など)では大深度地下を無償使用できることになったのだ。
安全であるかを誰も検証していない
だが施行から20年経った今、大深度法が適用された事業は極めて少ない。
事業者が大深度工事をするには、国土交通大臣から「使用認可」を得る必要があるが、その第1号は、07年の神戸市の「大容量送水管整備事業」。直径約3mの水道管を約270m敷設するという小規模建設だった。
次に認可されたのが外環(14年3月)。3番目の認可がJR東海のリニア中央新幹線である(18年10月。以下、リニア)。そして、現時点で最後の4つめの認可が、大阪府の地下河川計画である「淀川水系寝屋川北部地下河川事業」(19年3月)だ。
リニアは東京都のJR品川駅と愛知県のJR名古屋駅とを40分で結ぶ計画で、27年開通予定だ。全長286kmのうち、首都圏である東京都と神奈川県、そして愛知県で延べ50kmが大深度で建設される。
JR東海も大深度工事の住民説明会を18年5月に上記1都2県で開催。筆者はそのいくつかを取材したが、ここでも「地下からの騒音と振動はないのか?」との質問に、JR東海は「地表に影響しない」と回答している。
だが、この回答には多くの住民が疑問を抱いた。大深度工事が地表に影響を与えるか否かの実証を誰もしたことがないからだ。この点について、地盤の研究を進める環境地盤研究所の徳竹真人所長はこう解説する。
「土質力学の専門家などは『トンネル直径の1.5倍以上の土被りがあれば地上に影響ない』と学会などで述べていました。実際、運用に問題はなかった。でも、かつては複線鉄道の地下工事で約8mだったトンネル直径が、近年、徐々に巨大化し、リニアで14m、外環で16mです。心配だったのは、こんな大口径トンネルに従来の数値計算モデルを適用して良いのかということ。実際、調布では大深度からの振動、騒音、陥没という『常識』外のことが起きました」
そして、「従来の計算モデルの適応限界を誰も経験していない」と明言した。
調布市の陥没事故の特徴は、陥没現場の地下47mを掘削したのは陥没の1カ月も前の9月14日であったことだ。過去数十年と全国でトンネル建設に従事したトンネル技術者の大塚正幸さんはこう解説する。
「外環のシールドマシンは直径16m。これだけの巨大掘削機が固い地盤に当たると、長時間にわたって地盤を揺するように掘削することに加え、流砂を発生させる地盤特性があったことが陥没の根本原因かと考えます。流砂とは、地下水で浸潤された砂が湧水と一緒に止めどなく流れ出し、切羽を崩壊に至らす現象ですが、強調したいのは、こういった地盤は決して特殊な地盤ではないということです。『大深度工事は地表に影響を与えない』なんてありえない」
大深度での陥没は以前にもあった
この大塚さんから、さらに驚くべき情報を知る。都市部ではないので、大深度法の対象外だが、地下40m以深の工事が地表を陥没させた事例が以前にもあったというのだ。その一つとして、大塚さんは、「03年に北陸新幹線の工事で、長野県飯山市のトンネル直上で『直径50m、深さ30m』の陥没事故が起きましたが、トンネルはその190mも下にあったんですよ」と教えてくれた。
この件を調べるとこういうことだった。
【事例1】飯山トンネル
03年9月11日、午前3時5分から22時までの間にトンネル内が4回崩落。特に、3回目の崩落で「ドン」という音とともに約9000m3の土砂がトンネル内に流入し作業用重機を約100m流した。4回目の崩落で、約3万m3もの土砂と泥水が約1.2kmにわたり流入。機械類のすべてが550m押し流され、圧砕された。この崩落で190m上にある地表では、直径50m、深さ30mの陥没が起きた。
トンネル掘削により断層が薄くなり、その奥にあった高い圧力のかかっていた地下水が断層を破壊したことが原因とされている。(参考文献:「トンネル施工中に発生した大規模な岩盤崩落―北陸新幹線飯山トンネルの事例―」、『日本材料学会学術講演会講演論文集』第55巻、pp.145-146)
同様の事例を二つ紹介する。
【事例2】湖北トンネル
92年2月14日、長野県の国道142号線のバイパスとして建設中だった湖北トンネルで、切羽(掘削面)の奥からガラガラと音がして、「ドドーン」という音に続き鉄砲水が噴出し、トンネル内を土石流が襲った。作業員たちは必死に逃げた。流入土砂は1万4000m3に上る。80m直上の地表では、直径25m、深さ30mの陥没が起きた。
地下水を通さない粘土地層が掘削され薄くなったことで、高圧で閉じ込められていた地下水と砂とが混ざり合って泥水のように噴出したと見られている。(参考文献:石井正之「トンネル異常出水」、『地学教育と科学運動』第78巻、pp.97-98)
【事例3】日暮山トンネル
99年12月9日、群馬県の上信越自動車道で建設中の日暮山トンネルが崩落。トンネル内で土石流が発生し、切羽から160m後方まで押し寄せて、60m間にわたって8000m3の崩落土砂で埋め尽くされた。原因としては、事前調査の予測と違う地層であったこと。トンネル上方にあった圧力のかかった地下水が、それを閉じ込めていた泥岩層の掘削により噴出したことでの崩落だった。その結果、130m直上の地表で直径30m、深さ18mが陥没した。(参考文献:「記録的な大崩落とその対策」、『土木学会年次学術講演会講演概要集』2002年第57回第6部門、pp.321-322)
この事例2と事例3は大深度法施行前の事故であった。前出の「臨時大深度地下利用調査会」は都市部での調査に集中していたとはいえ、これら事実を知らずに大深度の地盤を「固く変形しにくい」と結論付けたのだろうか。
切羽
トンネル工事や鉱石の採掘現場などで、坑道や採掘を掘り進めている坑内の現場,また掘進方向における掘削面のことをいう。