法的な問題
調布市の陥没事故を受け、今、戦々恐々としているのは東京都大田区の田園調布や世田谷区東玉川地区だ。というのは、21年4月以降、リニア工事のため、品川駅近くから直径14mのシールドマシンが大深度で発進し、1年半から2年後にこれら地区田園調布の住宅街の真下を掘進するからだ。
田園調布の住民が計画を知ったのは、JR東海が住民説明会を開催した18年5月以降だが、その東玉川のルート直上の住民の一人である朝倉正幸弁護士は「自宅の真下に!」と驚き、すぐにリニア工事や大深度法の問題点を調べた。その結果、以下の結論を持つに至る。
【憲法29条違反】
「大深度であれ個人の所有権は及ぶのに、この法律の第25条によると、所有者の承諾なく、しかも無償で、事業者の使用権が設定されてしまう。これは『財産権の侵害』を禁じた憲法29条違反です」
この見解が共有されると、田園調布の住民が中心となり、19年1月、リニア計画沿線に住む約560人の住民が「大深度地下使用認可の取り消し」を求める「審査請求書」を作成し国交省に提出した。
また、外環ルート周辺の住民もその約1年前の17年12月、国を相手取り、「大深度法は違憲。その無効性を訴える」として「東京外環道大深度地下使用認可無効確認等請求事件」と題した訴訟を提起し、現在も係争中だ。その主任弁護士である武内更一弁護士は、以下の問題点も指摘する。
【地下物件は補償されない】
大深度法では、地上にはそもそも損害が発生しないとの前提で、補償を想定していない。ただし、大深度にある井戸や温泉の源泉やパイプなどは例外だ。だが、第37条ではこう定めている。(カッコ内は筆者注)
「(それら施設に)具体的な損失が生じたときは、(土地所有者は)告示の日から1年以内に限り、認可事業者に対し、その損失の補償を請求することができる」
この条文のポイントは「告示の日から1年以内に限り」というところだ。
武内弁護士は「外環の使用認可の告示は14年3月28日です。でも、大深度工事が始まったのは3年も経った17年以降です。これは実質補償しないと言っているのと同じです」と強調した。
ちなみに、リニアの大深度工事の使用認可の告示は18年10月17日。だが、2年以上経った今も未着工。つまり、誰も補償されないのだ。
住宅街への危険
武内弁護士はさらに、大深度の工事は「工事自体が杜撰(ずさん)になりやすい」と強調する。
大深度工事の指針ともいうべき国交省の「大深度地下使用技術指針・同解説」では、地下の地盤を特定するために掘削前に「100~200m間隔でのボーリング調査が目安」と記載されている。ところが――。
「外環の16km区間での直上のボーリング調査は17本。約900mに1本でしかありません」(武内弁護士)
私がこの点を、NEXCO東日本、NEXCO中日本、そして国交省の3者が設立した、陥没事故の原因究明を担う「有識者委員会」の小泉淳委員長に尋ねると、「住宅密集地で200m間隔のボーリングは難しい」との回答を得た。その結果、地下の地盤が不明のまま掘進を続けたことも陥没の一因となったのだ。
同様に、リニア計画でも東京都大田区と隣接する世田谷区の約3.9Kmの区間で行われたボーリング調査は10本で、平均400m間隔だが、ルート直上で行われた調査はわずかに3本。平均間隔は約1kmでしかない(筆者注:ルートから数百mも離れた意味のないボーリング調査もあるので)。
つまり、都市部での地下開発のための大深度法だが、住宅密集という都市特有の物理的背景が工事の基礎となるボーリング調査を難しくしているのだ。
今、調布市の住民が恐れるのは、陥没事故以降に中断している工事の再開だ。NEXCO東日本が工事再開をするか否かの最終判断は20年度末までには出されるが、工事再開となると、事故を起こした1本目のトンネルの工事再開に加え、わずか4m離れただけの2本目のトンネルを建設するため、再びシールドマシンが陥没現場付近に掘進してくる。また振動や騒音、そして陥没が起きるのか。今、住民の中には、「就寝中のちょっとした物音にもビクッと起き上がってしまう」と精神疲労を深める人は少なくない。
そして、リニア計画でも今年4月以降に大深度掘削が始まるが、こちらの問題は、田園調布を除けば、延べ50kmの大深度ルート直上の住民の多くが自宅真下のリニア通過を知らないことだ。
●リニア中央新幹線が大深度で通過する地域一覧
・東京都品川区、大田区、世田谷区/町田市
・神奈川県川崎市中原区、高津区、宮前区、麻生区
・愛知県名古屋市守山区、北区、東区/春日井市
そこにはおそらく数万軒の家屋があるが、筆者が首都圏でのリニア大深度ルートを調べると、ルート直上には保育園から高校までの教育施設が12もある。陥没事故以後、リニア計画に反対する市民団体は、大深度ルート直上の家々にその危険性を訴えるビラの配布を続けているが、まだまだ現実感を持てない住民が多いようだ。さらなる周知が急がれる。
起こらないとされていた事故が起きた以上、大深度法の見直しは当然あってもいいのだが、その動きはまだ国にはない。政府や国会議員には強く関心を持ってほしいと思う。
切羽
トンネル工事や鉱石の採掘現場などで、坑道や採掘を掘り進めている坑内の現場,また掘進方向における掘削面のことをいう。