宇野 授業だと、それで終わり。基本的に生きている人って、あんまり相手にしたことがなくて、死んだ人の話をいつもしている。死んだフランス人の話が、一番大きなテーマです。
和田 死んだフランス人の話(笑)。
宇野 なのに、いつの頃からか日本のあっちこっち回ることになって、東大の公共政策大学院を主催団体として、地域の課題について自治体と 市民が協力して解決策を提示していく「チャレンジ!!オープンガバナンス」というイベントにも参加するようになりました。今度の本『自分で始めた人たち』は、その出会いを基に市民や学生と対談してまとめたものです。僕は審査委員という形で参加し、みなさんにアドバイスをしたりもします。それが、アドバイスするよりもこちら側が学ぶことになる。こんなすごい人たちが世の中にいるんだなぁと感心するばかりです。
和田 死んだフランス人の話から、生きて動く人の話で、こちらは「doing」な感じですね。地域の問題に気づいて、そこから自治体とつながりながら問題を解決しようと能動的に動いていく。問題を自分たちで解決するということが大事だ、と気づいている人たちですね。まず一つ、そういう「自分たちの問題を自分で解決すること」が民主主義なんですか?
民主主義の歩みとトクヴィル
宇野 それに答えるために、最初に僕が博士論文を書いたフランスの思想家トクヴィルの話をさせてください。トクヴィルは『アメリカのデモクラシー』(第一巻1835年、第二巻1840年発刊)という本を書いた人です。その本が出るまで、デモクラシーってじつは悪口ばかり言われていたんですよ。多数者の声に振り回されるのが民主主義だと言われていて、あんまりいいイメージじゃなかったんですね。
和田 それはまったくもって、驚きです!
宇野 トクヴィルは貴族の家に生まれ、一族 はフランス革命で苦労をし、「ブルボン朝の王様がいたほうが良かった。民主主義なんてろくでもない」と考えていました。しかしトクヴィル本人は「ルソーの言ってることは正しい気がする」と悩みます。長じて裁判官になるんですが、今度は「(おまえは)保守派の貴族だろう」と、いじめられます。
和田 悩んだりいじめられたり、なんだか親近感が湧きます、トクヴィル君に。
宇野 それで彼はいたたまれなくなって、「海外研修に行ってきます」とアメリカに9カ月行って、本を書きます。
和田 たった9カ月の旅で、デモクラシーのイメージを変える本を書いたんですか?
宇野 そう、わずか9カ月で。しかもまだ20代後半の若者です。それが名著を書いちゃうんだからビックリですけど、彼はアメリカに行ってずっと考えるんですよ。「民主主義って、ほんとにいいものなんだろうか?」って。最初、議会に行ってみて「あんまりパッとしない人たちばっかりだなぁ」と思います。アメリカの建国の父たちは、ワシントンとかジェファーソンとか、すごい人たちが多かったじゃないですか。その世代がほぼいなくなったぐらいの時期だったんです。
和田 建国の熱気がちょっと落ち着いた時期だったんですね。
宇野 そこでトクヴィルはニューイングランド、ボストンあたりに足を伸ばします。そこで「タウンシップ」という地域の自治体に行ってみたんです。すると地域のおじさん、おばさんが意外と話せる。さっきの僕の話じゃないですけど、「すごい人たち」に出会っちゃった。「なんでこの人たち、こんなに自分の地域のこと、政治のことを語れるんだろう」と思ったら、地域の問題を自分たちで解決しているからだってトクヴィルは気づく。住民たちは決して学があるわけでもない普通の人たち……。だけど、この地域にはこういう問題があって、自分たちはこうしていると、とくとくと語るんです。それを聞いてトクヴィルは、「ひょっとしたら民主主義っていいものかもしれない」と思う。祖国のフランスでは、革命は成功したけれど基本的に中央集権の国で、何ごとも全部パリで決めてしまう。自分たちで解決するなんていう習慣はない。そうすると結局、政治なんて自分には関係ないことになる。
和田 誰かがやってくれるんじゃない? と、お任せになっていたんですね、フランスでは。
宇野 トクヴィルは思うんです。自治のあるアメリカの民主主義は、超すごい人はいないかもしれないけれど、「どうせ中央の誰かえらい人が決めるんだろう」と投げやりな思っているフランスより、はるかに人のエネルギーを引っ張り出す政治体制だ、と。「自分が当事者なんだ」という意識を盛り上げて人の力を引き出す民主主義を認め、「問題があるとしても、デモクラシーに向かって人類は進んでいる」と考えて、そして書いたのが『アメリカのデモクラシー』です。
トクヴィルは、「自分たちの地域の問題を自分たちの力で解決する経験が人に自信とエネルギーを与える。あるいは人のエネルギーを引き出す。そういう仕組みは素晴らしいものだ」と考えました。
和田 それがトクヴィルのデモクラシー、民主主義の「原型」なんですね。民主主義と言うと、国家という大きいドーンとしたイメージが浮かび、地域になかなか結びつかないし、結びつけてこなかったけど、地域の小さな問題から始まるのが彼の民主主義なんですね。
フィンリー
サー・モーゼス・フィンリー。1912年5月20日 - 86年6月23日。アメリカ合衆国出身の歴史学者。専門は古代ギリシア史