「組織委員会の女性はわきまえているから話も的を射ている」という森氏の言葉に、居合わせた女性たちは笑ったと言いますが、それは男性優位社会において物事をスムースに運ぶための方法だったのだと思います。私自身も男社会のメディアでキャリアを築いていく中で、最初に与えられた仕事は男性司会者の横に座ってうなずく「アシスタント」で、男性に「従属」し「わきまえる」役回りでした。そこから自分の居場所を創り出すために私がとった作戦は、女性性を封印して男社会の一員であるかのように振る舞う一方で、「若い女性」として先輩の男性たちに可愛がってもらい、「自分はあなたたちを脅かさない」というサインを送るというものです。当時の自分の働き方を振り返ると、女性性を封印することも、男性社会に同化することも、あるいは女性性を売りにすることも、女性としての自然なありようを否定するもので、女性へのリスペクトを欠いていたと猛省しています。
自民党の女性議員は「イエ」の長になれるのか
――第二次安倍晋三政権では「女性が輝く社会」というスローガンが掲げられ、「女性活躍推進法」などの法整備も進められました。こうした自民党の方針は、女性を「家庭長」から解放することを意味していたのでしょうか。
安倍政権の女性政策は、企業の女性登用促進、女性が就労者の5割を占める非正規雇用に対する賃金引き上げの奨励、幼児教育・保育の無償化など、評価すべき成果も上げています。一方、女性の育児休業を3年間にしようとした「3年間抱っこし放題」の政策に見られるように、働く女性にとって的外れな視点が混在していたのも事実です。3年間も職場から離れたら仕事に復帰することがいかに大変か、現実の女性たちがおかれた状況が政府にはまったくわかっていなかったということでしょう。
結局、安倍政権の「女性が輝く」とは「女性が働く」ことを意味していたのです。つまりは経済政策、労働政策であって、女性が人として輝くための政策ではなかったのだと思います。そもそも、政治における男性優位をそのままにしておいて「女性が輝く」とは、いったいどの口が言っているのだろう、と憤りすら覚えます。
――前回の自民党総裁選では、高市早苗氏と野田聖子氏が立候補し、4人の候補者中、半分が女性という構図になりました。彼女たちのような女性議員の存在は、自民党の女性認識を変えていくことになると思いますか。
女性だからといって、ジェンダー平等意識が高いとは限りません。自民党のベテラン女性議員にインタビューすると、必ずと言っていいほど、「政治の世界では男とか女とか関係ない」「実力がすべてだ」と主張します。「女性が輝く社会」の政策にジェンダーの視点を入れられなかったことや、選択的夫婦別姓制度に反対する女性議員が少なくないということを見ても、自民党の女性議員たち自身が「オジサン化」していて、女性をひとりの個人として認められなくなっているか、あるいは自民党という大きな「イエ」の中で、派閥(小さな「イエ」)のボスという「父」の顔色をうかがいながら「女性らしく」「わきまえて」振る舞っているということなのでしょう。おそらく、彼女たちはそうやって、強固な男性社会である政治の世界を生き延びてきたのではないかと思います。自分たちが叩かれながら道を切り拓いてきたという自負がある分、「女性だから優遇してくれなんて、甘えている」と思ってしまうのかもしれません。
女性が組織のリーダーになるためには、「父」を踏み越えていくぐらいの突破力が必要ですが、今の自民党の女性議員たちに、どれだけそうした気概があるでしょうか。前回の総裁選で、高市さんの見事な弁舌は高く評価されたと思いますが、安倍さんという派閥のボスの支持があったからこそ、多くの票を集められたということは否定できないでしょう。今後、自らが派閥の長や政党のトップとなり、他のボスたちと互角に渡り合って組織を動かす女性議員が出てくるかどうかが、自民党の女性認識が変わっていくひとつの鍵となると、私は考えています。
海外のロールモデルに見る新しい女性政治家像
――政治家になりたいと考える女性たちのロールモデルになれるような女性政治家が、日本にはほとんどいないのではないかと思います。「イエ」に従属しない女性政治家がいるとしたら、たとえばどのような人でしょうか。
なかなか女性リーダーが生まれてこない日本に対し、海外では既に大勢の女性リーダーが誕生しています。一昔前であればイギリスのマーガレット・サッチャー元首相、2021年に退任したドイツのアンゲラ・メルケル前首相など、賛否両論はありながらも、長期政権を維持した政治手腕という点では、やはり評価すべきではないかと思います。
また、「スーパーのレジ係から首相になった」と言われるフィンランドのサンナ・マリン氏、世界で初めて首相在任中に産休を取得したニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相など30~40代の女性リーダーたちは、これまでの女性政治家たちと違って、ごく自然体なのが印象的です。女性性を売りにせず、かといってことさらに封じ込めることもなく、説得力のある言葉と共感力で国民をまとめていく彼女たちは、「イエ」に属さなくてもひとりの個人として能力を発揮できる政治家のロールモデルと言えるでしょう。
2022年6月の杉並区長選に無所属で出馬し、187票差で現職を破った公共政策研究者の岸本聡子氏も、そうした新しい女性リーダーの流れを汲む一人かもしれません。従来型の「勝てる候補」ではなかったはずの彼女の勝利は、もしかしたら日本の政治を変えるひとつの予兆なのではないかと、思っています。
――最後に、これから日本の政治でジェンダー平等が進み、社会が変わっていくために、何が必要だとお考えですか。
自民党に深く根付いた女性認識を変えることは、一朝一夕にはできないでしょう。しかし、自民党が変わらない責任は有権者の側にもあると思います。「前からお世話になっているから」「誰かに頼まれたから」「有名だから」ということではなく、自分たちの代表にふさわしいのはどういう候補なのか、認識を新たにしていかなければ、いつまで経っても、男性優位社会の価値観で選ばれた「勝てる候補」しか選択肢がないということになるでしょう。
日本でも、10~20代はジェンダー意識が高い傾向があり、これはひとつの希望だと思います。私の恩師である三浦まり上智大学教授が共同代表を務める「パリテ・アカデミー」では、ジェンダー平等の政治の実現を目指し、政治家になりたい女性たちをトレーニングするプログラムを実施しています。最近、若い女性の参加が増えていると聞いていますが、こうした若い世代が「女性=家庭長」という性別役割分業を打ち破り、これからの日本の政治を変えていくことを、心から願っています。