「民法772条(嫡出推定規定)」とは、母親の妊娠や出産の時期によって子の「父は誰か」を決めるルールだが、2022 年12月の臨時国会で改定されたのをご存じだろうか?(24年夏までに施行予定 )
改定は1898年の明治民法成立時以来初、実に124年ぶり。「嫡出推定(ちゃくしゅつすいてい)」(下記詳述)を覆すことができる「嫡出否認」を、前夫だけでなく女性と子どもに認めることも、男女平等の観点からは「前進」として示されたが、改定の中身を見ると実は手放しで喜べない側面もある。
そもそも「嫡出推定規定」とは?
子どもが生まれる。どの国に生まれようとも、生まれただけで、自動的にその子が登録されるわけではないのはご存じの通りだ。
日本人の場合、父母もしくは出産に立ち会った医師、助産師ほか、法律に定められた者が出生届を提出し、それが受理されることで「日本人」として登録される手続きは完了する。その前提としてまず、子の母、そして「父が誰か」を特定しなければならない。母は分娩の事実によって決まるが、父については当事者がいくら確信していても、即座にはわからない。それで明治民法制定時に、「嫡出推定制度」と呼ばれる規定が作られ、「母と婚姻している夫」を子の父と“推定”することで、子の戸籍を作り、早期の身分安定を保障することにしたのだ。
戦後、日本国憲法が制定されたのちも、家制度をベースとしたこの規定は、一字一句変わらず、そのまま引き継がれた。
「父子制度」とも言われる現行の「嫡出推定」に関する法律の 内容を具体的に見てみよう。まず、子がお腹に宿った時点で「母親が婚姻している夫が父」というルールを第1項で規定。次に第1項に入らない場合、つまり懐胎時に父母がまだ婚姻していなかったり、出産時に離婚していた場合について、第2項で、具体的日数をあげて「妻が婚姻後200日経過した後、もしくは離婚後300日以内に出産した子は夫の子と推定する」とした。
明治時代にはそう違和感がなかったであろうこの「ざっくりとした」規定は、DNA鑑定で父親が誰かは容易にわかる時代となり、また生殖補助医療の発達や、事実婚が社会的に認知され同性婚導入を求める動きも活発化しているように、「婚姻のかたち」も多様化する中、嫡出推定規定は合理的基準とは言えない「謎ルール」として、むしろ混乱を招く原因とも指摘されるようになった。
そのひとつの現れが平成期に社会問題として取り沙汰された「無戸籍問題」だ。
離婚後、別のパートナーとの間に子どもができて、出生届を出そうとすると「離婚後300日以内は前夫の子」とするルールがあるため、前夫の子でなくても父親は前夫とされてしまう。DV事案も増加する中、そもそも離婚ができない、また前夫に子の存在を知られたくないとの理由から、出生届を出せない(=戸籍がない)子どもたちが恒常的に発生し、その数は司法統計から推定すると「少なくとも1万人以上」と言われている。こうした無戸籍者たちは、自治体も把握が難しいために、予防接種も受けられず、就学通知書も受け取れないので学校にも通えないケースがあるなど社会福祉の外に置かれている。さすがの国も規定の見直しを検討せざるを得なくなったのだ。無戸籍者の現状は、是枝裕和監督の映画『誰も知らない』(2004年)をはじめ、映画や小説でも描かれている。胸が締め付けられた人も多いのではないか。
「できちゃった婚」の婚姻後200日ルールは撤廃。離婚後300日ルールは維持
さて、待ちに待たれた今回の改定だが、結論から言えば、残念ながら中途半端なものとなってしまった。
象徴的なのは民法772条第2項に書かれている「妻が婚姻後200日を経過した後、もしくは離婚後300日以内に出産した子は夫の子と推定する」という条文のうち、前半と後半、つまりは「婚姻する場合」と、「離婚する場合」で対応を分けている点である。
まず、妊娠した人が婚姻する、いわゆる「できちゃった婚」については、「婚姻後200日を経過した後、妻が出産した場合は夫の子」という推定に対する決まりは削除された。
一方で、離婚する場合は、相変わらず非科学的な数字である300日(実際の妊娠期間は予定日に生まれても266日のため、法の規定は1カ月以上も長い)は残された。言い換えれば、離婚女性に対しては離婚後も一定期間、他の男性との性行為を行ってはならないという「行為規制」を維持する、ということである。
さらには、「離婚する場合」でも、「再婚すれば救済」という例外規定が新たに設けられた。「離婚後300日以内」に生まれたら、これまでだったら「前夫の子」だったのが、出産日以前に母が再婚すれば「新しい夫の子」となるのだ 。
逆に言えば、再婚しなければ、「前夫の子」というのは変わらない。そもそも離婚した母たち全員が再婚できるとは限らない。DV被害母の多くは再婚を望まないし、実父が「既婚者」「DV加害者」「出産時までに別れた」などの理由で再婚できないケースもある。また、前夫の嫡出推定を外す、つまりは前夫の子どもでないことを証明するために「(別の男性に)再婚してもらう」ことは、再婚家庭で母の力をいびつに弱め、次のDVにつながるケースも少なくない。
「嫡出推定」に関する法律
これまでの民法第772条
1.妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
2.婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。
妊娠齢
妊娠齢とは「妊娠週数」で表す妊娠期間をいう。最終月経の初日を0週 0日とし、これに280日を加えた日(妊娠40週0日)が分娩予定日とさ れる。最終月経の初日を起算日として定まる妊娠当初の妊娠齢においては、平均的な月経周期を有する女性を基準とし、妊娠2週0日を受精が成立した日と推定している。そのため、妊娠齢には約2週間の妊娠していない(受精が成立していない)期間を含んでいる。