*法務省が発表している今回の改定の要綱案(2022年2月1日)
国会審議で明言。「300日」も「別居期間」も根拠なし
国会審議でもこの後半部分、「離婚後300日」をそのまま残すことについてはたびたび取り上げられたが、大臣や法務省民事局長の答弁は極めて心許ないものだった。
とうてい合理的な数字とは言えないこの規定を残すことの理由を、法務省は2021年6月29日の法制審議会で、産婦人科医会の意見を聞いたところ「妊娠期間が300日になる人も例外的にいる」と言われたことを根拠としてあげている。
一般的に妊娠した際には、産婦人科で出産予定日を過ぎた場合の対応について事前に確認される。たいていは予定日から長くても2週間以内、数日後には母子の安全を確保するため、陣痛促進剤や帝王切開という形で出産します、と医師から言われているのではないか。予定日より1カ月以上遅れた300日の時点で、状態をそのままにして自然分娩に至るというケースは一般的にはごくまれである。その場合、妊婦からしてみれば、予定日の計算が間違っているのではないかと疑りたくもなる。
実際、法制審議会で示された資料では、人口動態調査のデータをあげて、妊娠齢 43週(301~307日)以降で分娩している例が18年では23件 (約92万分の23)、19年では6例(約86万分の6)があった。「出生した子をほぼ全て捕捉する」ためとしているが、まれな例外ケースを基準とすることで、毎年3000人の無戸籍児が生まれていることを鑑みれば、弊害が確実に起こっているのではないか。例外的な場合にこそ別途規定を設けるべきであろう。
また、こうした「誰が父か」の「蓋然性」(その事柄が実際に起こるか否か、真であるか否かの、確実性の度合い)について、法務省民事局長は離婚届をもとに離婚に至るまでの同居の解消期間を一例としてあげた(22年11月9日、衆議院法務委員会 )。
つまり、離婚する前に別居していた期間があれば、前夫が父である蓋然性は低いが、同居していたら、離婚する日まで性的関係があったという蓋然性が高いと見ているということだ。確かに、日本は世界的にもまれな「協議離婚制度」(今日決断して届出を出しさえすれば、今日離婚が成立する)を採用していて、離婚日まで同居するケースも少なくないと見られるが、そもそも妻に別居できるだけの経済力がない場合も多い。また、答弁に使われたデータも熟年離婚などを含んだ数値で、委員から「立法事由として十分に説得力のあるデータに裏打ちされているわけではないのではないか」と詰め寄られて、民事局長はそれを認めざるを得なかった。
医学的、科学的に裏打ちされた通常の妊娠期間より1カ月以上も長い推定期間(300日)を置くことは、国家が離婚女性に対し性交渉の相手を前夫と公的に推定することにつながり、離婚後一定期間は前夫の性的拘束下にあることを認めているという別のメッセージを世界に向けて発信することにもなる。それでもあえて根拠のない「離婚後300日」が改定されず、引き続き残されたる理由はなんなのだろうか?
根の深い女性差別 旧統一教会の影響も
これまでにも、嫡出推定に対して議員立法で特例を設けるという案が浮上したことがあった。しかし、保守派議員の反対により結局はつぶされた。彼らに影響を与えていたと言われるのは旧統一教会、国際勝共連合と関連の深い保守団体である。実際、旧統一教会が発行母体である新聞『世界日報』や勝共連合の機関紙『思想新聞』が、離婚後300日規定の改定は「伝統的家族観の破壊狙う」行為であり、「リベラル派が策動 乱婚容認で不倫社会に」「ジェンダーフリー派が策動」などと盛んにあおり、法改定の背景に家族の価値よりも個人の権利を優位に置くリベラル思想があるとしてきた。こうした声に呼応するように、政治家たちは反対意見を唱えたのではないか。
今回、「離婚後300日規定」が残された背景には、こうした保守派がらみの過去の体験の影響があるとも思われる。法案の基礎を作る法制審議会の委員の1人は「保守派ものめる案を示さないと、改正はできない」と語っていたことでも明らかである。
一方で、保守派も「性道徳」の象徴として「離婚後300日規定」は残したいものの、合理的理由が乏しいということもわかっている。「ごり押し」すれば、大きな反発を招くことも予想される。そのためには「性道徳」であおることを避け、「離婚後300日規定」が撤廃のターゲットにならないように、突出しないよう、慎重に進められていた。
しかし、その作戦が危うくなった瞬間があった。発信源は「法相は死刑のはんこを押す地味な役職」などと述べた葉梨康弘法務大臣(当時)である。葉梨大臣は22年11月9日の衆議院法務委員会で、根拠なき「離婚後300日規定」を残す理由を問われて、「婚姻中の不貞行為は今の民法では不法行為になりうる。婚姻中の不貞行為は自由だという形にはなっていないので、やはり300日という推定はあるんですよ」と 発言し、委員会をざわつかせた。
今回、実際の妊娠期間を大幅に超えた「300日規定」は、前述の通り、その根拠がどんなに否定されようが、「誰が父か」という嫡出推定のために必要であると主張された。無戸籍問題が表面化した2007年以降、15年間にわたり主張されてきた「道徳」や「貞操」の問題だという観点からの発言は控えられてきた。なぜか。時折しも旧統一教会の問題が紛糾し、この改正が女性蔑視や、男女不平等の観点から捉えられると、法案自体の行方もおぼつかなくなるからだろう。しかし、衆議院での採決目前で気が緩んだのか、葉梨大臣は本音を語り出し、途中で気づいたのか、以降歯切れの悪い答弁でその場を凌ぎ、結果的に法案はその日に採決。その後向かった会合で、「はんこ発言」をしたことにより辞任。参議院に議論が移る前に辞任に追い込まれたため、本会議採決にて成立した時点では、斎藤健法務大臣となっている。
「嫡出推定」に関する法律
これまでの民法第772条
1.妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
2.婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。
妊娠齢
妊娠齢とは「妊娠週数」で表す妊娠期間をいう。最終月経の初日を0週 0日とし、これに280日を加えた日(妊娠40週0日)が分娩予定日とさ れる。最終月経の初日を起算日として定まる妊娠当初の妊娠齢においては、平均的な月経周期を有する女性を基準とし、妊娠2週0日を受精が成立した日と推定している。そのため、妊娠齢には約2週間の妊娠していない(受精が成立していない)期間を含んでいる。