葉梨前大臣は採決が見えてきた段階で油断したのか、それとも意図的なのかはわからないが、今回の改定でも、子どもの父親を決めるという本来の目的よりも、妻の不貞行為の抑止として、もしくは懲罰的効果としてこの規定が置かれ続けるということを明確にしたのである。なぜ、そこまでして「離婚後300日規定」を守りたいのか。それはまさに「女性の性と生殖を管理するのは女性自身ではなく、国である」という家父長制意識から、脱却できていないからなのだ。まさにそれが、この根拠なき規定が残された「謎」を解く鍵なのである。
無戸籍解消は限定的
審議は紛糾したが、今回の改定は、「保守派がのめる案」に落ち着いたといっていいだろう。だが、そのために改定の目的であった無戸籍問題の解消は限定的となった。
離婚した女性が再婚できれば無戸籍問題はある程度解消が期待されるかもしれない。ただ現行法下でも、再婚できるのであれば、調停・裁判といった司法手続きを行って再婚後の夫の戸籍に子どもを記載することは可能であり、たとえ無戸籍となっても長期化することはない。
また、今回の改定では、嫡出推定を覆すことができる「嫡出否認」の訴えを、前夫だけでなく女性と子どもにも認めることも「目玉」として示された。訴え自体は前夫を絡ませなければならないため、実際に対応できる対象者は多くないと思われる。そもそも「前夫との交渉ができない」、もしくは「事実上の夫と再婚できない」ケースをターゲットにしなければ、無戸籍問題は解消されない。
では、どうしたらよいのか。
結局のところ「離婚後300日規定」を撤廃し、離婚後は未婚で子を出産したときと同様に、父親空欄での出生届を受理するようにするしかないのである。そういうと「嫡出子」ではなくなるなどの反論が出るが、そもそも「嫡出子=正統な結婚のもとで生まれる子」という発想自体が差別的なのだ。
さすがに生煮えで、中途半端な改定案に関しては衆参両院の法務委員会で「必要に応じて嫡出推定制度のさらなる検討を行う」といった付帯決議が可決された。「さらなる検討」はすぐ必要となることは政府側も覚悟していると思うが、不備不足でも、まず「成立」させることが優先された。
再婚禁止期間の撤廃
今回の改定により、多くの国民生活にとってプラス面があるとするならば、女性にのみ課されていた「再婚禁止期間(現行100日)」が撤廃されることだろう。
この「再婚禁止期間」については、長らく6カ月だった。明治民法制定時、「婚姻後200日以降」「離婚後300日以内」という数値の組み合わせの結果、嫡出推定が重なる期間「100日」を待婚期間とすればよかったのを、計算違いをし、以来2015年 最高裁で違憲を指摘されるまで、再婚禁止6カ月間は100年以上も存続されてきた。現在は16年の改定により計算通り100日となっているが、計算上の起点であった「婚姻後200日」の撤廃により、この再婚禁止期間は撤廃されることになったのだ。
これは、本来は喜ばしいことなのだが、残念ながら「男女平等」の観点からでなく、「婚姻後200日」の撤廃=「婚姻促進」の結果として撤廃となったことは、よくよく心に留めておかなければならない。
日本の嫡出推定制度のベースはフランス民法典である。そのフランスでは、社会の変容に伴い、さまざまに改正を迫られ、家族に関わる法典は制定時の全244条のうち、2005年時点でそのまま残っているのはわずか1割強にすぎない(田中通裕「〈研究ノート〉注釈・フランス家族法(1)」、法と政治61巻3号、2010年 )。大きな理由は「平等の観点」からだ。婚姻しているカップルにのみ嫡出推定が適用されていることは婚外子(非嫡出子)差別であり、親子関係確立における差別をなくすべきという考え方である。もうひとつの理由は、同国では2013年に同性婚が容認されたことにより、嫡出推定が根拠とする婚姻のあり方が変化した。嫡出推定についても再検討が必要ではないかとなったのである。
このように大きな社会的状況の変化の中で、嫡出推定の原則をどう適用するのか、各国は知恵を絞るが、今回の日本の嫡出推定に関する改定ではこのような根本的議論が十分に反映されていないため、近い将来、再度の改定が求められることになるのは必至であろう。
2024年に今回の民法改定が施行されても「離婚後300日規定」が温存されている以上、令和に生きる私たちの家族関係のルールのベースが明治時代のものであることに変わりはない。これは、「なんとなくタブー視されている」戸籍制度自体に関する見直しの議論が一向に進まないことにも関係していると思う。
婚姻家族単位となっている戸籍編製(戸籍を新たに作成すること)から、生まれた当初から個人籍として登録を行うように変えていく。さらに国民登録簿としての戸籍制度そのものの改革について、予断を持たず真剣な議論が開始されなければ、家父長制社会、つまりは前近代的社会からの脱却はないのである。
「嫡出推定」に関する法律
これまでの民法第772条
1.妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
2.婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。
妊娠齢
妊娠齢とは「妊娠週数」で表す妊娠期間をいう。最終月経の初日を0週 0日とし、これに280日を加えた日(妊娠40週0日)が分娩予定日とさ れる。最終月経の初日を起算日として定まる妊娠当初の妊娠齢においては、平均的な月経周期を有する女性を基準とし、妊娠2週0日を受精が成立した日と推定している。そのため、妊娠齢には約2週間の妊娠していない(受精が成立していない)期間を含んでいる。