19年7月21日、2年ぶりの国政選挙である参議院選挙が行われます! 「2019年参院選を読み解く(その1) 安倍政権の憂鬱」 に続き、最新刊『「社会を変えよう」といわれたら』(大月書店)を上梓し、ネット上でも政治や社会情勢について鋭い考察を発信している木下ちがやさんに、参院選を考えるに当たり、わたしたちはどんな流れの中にいるのかを解説してもらいました。
衆参同日選の思惑
「完成された支配」のもとで、外交的成果を掲げて衆参同日選挙に挑み、盤石の体制を永続させる。これが「5月まで」安倍政権が考えていた戦略である。
政治の常識からすれば、衆参同日選挙はあり得なかった。これまで統一地方選がある年の参院選では、4月の統一地方選で与党の選挙を支える地方組織は疲弊し、活動力が低下した自民党は必ず議席を減らしてきたからだ。
では、なぜ、安倍政権は同日選をもくろんだのか。参院選後の10月に予定される消費増税、その影響による景気後退、野党連合の衆議院小選挙区一本化の進展等々、今後、時間がたてばたつほど、与党にとって不利な状況になることが予想される。ならば、多少の議席を減らしてでも、いまここで打って出る方が有利という判断が、安倍晋三総理の念頭にあったからではないか。
この選挙で与党の議席数が衆参3分の2を下まわれば、安倍総理の悲願である改憲は一時遠のく。だが安定多数確保で同日選を乗り切れば、安倍総理は「傀儡(かいらい)」の後継者をすえて院政を敷き、長期的展望で改憲を目指すことができるという思惑がある。一見リベラルだが従順な岸田文雄政調会長を総理にすえて世論を安心させるか、あるいは「令和ブーム」に乗じて総理候補に名乗りを上げようとしている菅義偉官房長官を後釜にすえ、消費増税や経済危機に対処させたうえで、あわよくば安倍総理が返り咲く、という算段である。
だが、このシナリオに狂いが生じる。
歴代政権をしのぐ167か国を訪問してきた安倍総理は、「外交力」で野党を引き離し、支持率を維持するという戦略を採用してきた。北方領土返還、拉致問題解決は、その集大成として、解散総選挙のカードに使う手はずだった。しかしこれらはすべて挫折し、逆に「日米安保条約の破棄」までちらつかせるトランプ大統領に、農産物輸入自由化や防衛装備品の爆買いという、大幅な譲歩を迫られているのが現状である。次なるカードの消費増税延期もまた、(萩生田光一幹事長代行に消費増税延期があるかのような観測気球を上げさせたものの)麻生太郎財務大臣と財務省の猛反発にあい、断念せざるを得なくなった。空振りを重ねた安倍総理が最後にひねりだしたのが、菅官房長官の「野党が内閣不信任案を提出したら衆議院を解散する大義になる」という野党への脅しとも取れる、干からびたカードであった。
衆参同日選のシナリオは、「安倍政権の後継(傀儡)体制を視野に入れた基盤を築くうえで、どのような選択がベターなのか」という問題意識から組み立てられていた。そしてそれは、「令和ブーム」のもとで内閣支持率が安定しているから同日選で野党が大きく勝つことはない、という前提に基づいていた。
だがこの前提も、思わぬかたちで崩れることになる。
「完成された支配」が崩れるとき
6月3日に金融庁金融審議会市場WGが発表した、退職後には2000万円が不足する可能性があるため、若いうちから資産形成をする必要がある、という内容の報告書と、それを受けての「今のうちから考えておけ」との麻生副総理の発言をめぐる迷走劇は、年金制度への不安を広げるとともに、安倍政権の支配が、完成したがゆえの機能不全に陥りつつあることを露呈させた。
この報告書は、国民の年金不安を煽り、貯蓄性向をますます強め、消費を冷え込ませて、消費増税と合わせて景気を減速させるリスクを高めかねない。そういったリスクを回避するために、政府与党は報告書を受け止めつつ丁寧な説明をする必要があった。ところが麻生副総理、そして安倍総理を守るために、いつもの「忖度」が発動されたのだ。
政府与党の説明は二転三転し、報告書自体を「なかった」ことにしてしまった。さらに厚労省では2000万円、経産省では2900万円といった試算根拠が報告書とは別にあることが発覚した。もはや政府が報告書の内容を認知し、政策決定に反映させていたのは明白である。にもかかわらず、政府は6月25日、金融庁の報告書をめぐる麻生大臣の一連の発言について、「矛盾するとの指摘はあたらない」とする答弁書を閣議決定し、幕引きを図った。つまり自ら事態をこじらせていったのだ。
もし政府が、民意の動向を見極め、金融庁の報告書をきちんと受理し、野党の予算委員会開催要求を受け入れ、その場を活用して「政府の見解とは異なる」ことを明言していれば、こうもこじれることはなかっただろう。「消えた年金記録問題」で第一次政権を崩壊させたトラウマからか、安倍総理は「金融庁は大バカ者だ」と激怒したと言われている。だがそれはもう後の祭りである。「完成された支配」のもと、事態を打開する気力と判断力を失った側近、与党幹部、官僚たちの忖度にからめとられ、わざわざ国民の反発を招く方向に突き進んでしまったのだ。
これは、政権中枢を担う今井尚哉総理秘書官が、原発反対の民意を無視し、原発推進を強引に推し進めた結果、東芝の子会社が破綻し、三菱重工も原発輸出から撤退せざるを得なくなったのとよく似ている。日本経済を蝕む原発地獄も、変化を拒絶する「完成された支配」のもとだからこそもたらされた。年金問題をめぐる政府与党の迷走劇もまた、この支配がもたらした結果に他ならないのである。
いまも年金問題は過熱しつづけている。6月10日の参議院決算委員会における、日本共産党小池晃議員と安倍総理の年金問題に関する応酬の動画のネット上での再生回数は、7月11日現在で690万回を超えている。6月22、23日の朝日新聞世論調査では、金融庁の報告書への対応に「納得できない」が68%にのぼった。かくして外交的成果と「令和ブーム」で参院選を乗り切るはずだった安倍政権に、思わぬ壁が立ちはだかったのである。
このように参院選直前に至り、長く停滞してきた野党連合についに好機が訪れたかに見える。では、野党連合にこの好機を生かす潜在力はあるのか。それを見極めるためには、この2年近くにわたる苦闘の軌跡を振り返る必要がある。
長い道のり
総選挙告示直前の2017年10日5日の夜、東京では安倍政権に反対するデモが行われていた。およそ2000人が参加したこのデモ隊が日比谷公園から出発し、新橋ガード下横丁脇を通過した。その時、千鳥足のサラリーマンがデモ隊に向けて、振り向きざまに大声でヤジを飛ばした。
#1
沖縄県知事選の展開については、以下で詳しく論じた。木下ちがや著『「社会を変えよう」といわれたら』大月書店、2019年、183-194頁。
#2
山本太郎の戦略については以下で論じた。木下ちがや『「山本太郎現象」を読み解く』〈論座〉2019年6月15日 https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019060400004.html
#3
立憲民主党の結成過程と「枝野ポピュリズム」については以下で論じた。前掲『「社会を変えよう」といわれたら』、151-154頁。
#4
ポピュリズムの背景と構造については以下で論じている。木下ちがや『ポピュリズムに抗し、ポピュリズムとともにあれ―都議会議員選挙の「騒乱の10日間」が示すもの』、〈ウェブイミダス〉、2017年9月22日 https://imidas.jp/jijikaitai/c-40-105-17-09-g695
2018年3月から4月にかけての危機
「働き方改革法案」関連で、根拠となる厚労省のデータに重大なミスがあることが発覚し、裁量労働制の対象拡大部分についての記述の削除を指示。さらに4月10日には朝日新聞により、15年に愛媛県と今治市の職員、加計学園の幹部が、首相官邸で柳瀬唯夫総理秘書官と面会した際の記録文書に、秘書官が「本件は首相案件」と述べたと記されていたと報じられる。これにより、「森友・加計疑惑」が再燃。さらに約一週間後には福田淳一財務次官がセクハラ発言で辞任。こういった出来事を指す。