拙著『「社会を変えよう」といわれたら』(大月書店)でも論じたように、枝野率いる立憲民主党は、結党当初、希望の党から排除されたことで「アウトサイダー」の地位を得、民進党の負のイメージを払拭することで躍進を果たした。この過程で枝野はポピュリストの衣を纏い、扇動家としての地位を固めたかに思われた(#3)。
しかし、立憲民主党は野党第一党になったため、「アウトサイダー」ではなくすべての野党をまとめ上げる「公器」としての役割を担うことになった。扇動家としての突出は、立憲民主党そのものの求心力は引き上げるものの、野党間では遠心力が働くというジレンマが生まれる。「アウトサイダー」から「公器」へ。立憲民主党がこのジレンマを解消していくプロセスで、ポピュリストのカードは枝野から山本太郎に引き渡された。「山本太郎現象」とはまさに、この立憲民主党の変形プロセスの産物に他ならなかった(#4)。
ポピュリストから「低姿勢」に転じた枝野は、野田佳彦率いる旧民進系無所属議員のグループを「緩衝地帯」に据え、国民民主党との距離を測りつつ、地域レベルのネットワークの広がりに乗じて野党間をとりまとめていった。「立憲民主党と国民民主党との確執」「共産党と連合との確執」が盛んに喧伝されていたにもかかわらず、参院選1人区の野党一本化が予想以上にスムーズに進んだのは、水面下でこのような戦略転換がなされていたからである。
こうした持久戦のなかでつくりあげてきた野党連合がやっと姿を現したのが、6月19日の国会党首討論だ。この討論では、立憲民主党枝野代表、日本共産党志位和夫委員長が年金不足、年金不安を解消するための具体的な提案を行い、国民民主党玉木代表が安倍総理を挑発するという役割分担がなされていた。虚を突かれた安倍総理は不規則答弁を繰り返した。硬軟織り交ぜながら批判とともに具体的な提案を国民に投げかけるというこの連携プレーは、野党がこれまで以上の結束で参院選に挑むことを予感させた。
ただそれは予感にすぎない。野党連合が、この安倍政権の危機を利用して好機に転じることができるかどうかは、これまで積みあげられてきた地域ネットワークの力が、十分に引き出せるかどうかにかかっているからだ。いま問われているのは野党連合のリーダーシップと、民主主義の再生を願う人々がどれだけこの選挙戦に――ネット上だけでなく――直接足を運び、参加するかである。
「もう少し楽観的な希望」は取り戻せるか
6月24日に公表されたNHK世論調査では、安倍内閣の支持率は2週間前と比べて6%下落した(支持率42%)。今回改選される参議院議員は、2013年に選出されたわけだが、参院選1か月前のNHK世論調査における内閣支持率は62%(*)であり、現在はそれより20%も低い。自民党の支持率も13年の41.7%(*)から19年の31.6%と、10%低下している。しかも13年参院選は、1人区での野党一本化はなされていなかった。NHK世論調査は「与党の議席が増えたほうがいい」21%、「野党の議席が増えたほうがいい」30%と、野党に対する潜在的な期待が高まりつつあることを伝えている。
野党連合はこの好機をつかみとることができるのだろうか。それとも再び敗退し、分裂の危機に陥るのだろうか。参院選は政権交代選挙ではないので、野党連合が勝利しても安倍政権の崩壊には直ちには結びつかない。しかしながら、この1年あまりの間につくりあげられてきた、安倍政権の憂鬱な「完成された支配」を突き崩し、次なるステップを切り開くことで、中島京子が〈もう少し楽観的な希望〉(「論座」19年6月16日)を抱くことができた以前の状況を取り戻すことはできるはずだ。
G20におけるトランプ大統領の「日米安保条約は不公平であり、見直すべきだ。安倍総理はそれに理解を示している」といった発言。そして翌日6月30日の朝鮮半島の非武装地帯における電撃的な米朝韓首脳会合は、この国がいま置かれている本当の立場を明らかにしてしまった。これだけ、世界は変わり、東アジアも変わっているのに、気が付くと日本は「蚊帳の外」に置かれていた。安倍政権は「日本は変わらない、変わらなくていい」とひたすら国民に説き続けてきた。だがそれは目前の危機を先延ばしにし、ただ政権を維持するための「時間かせぎ」に過ぎなかったのだ。
冷戦終結後、グローバル化が進むなかで、人々が何とか「変わろう」とした時期はあった。1度目は、自社さ連立政権(村山富市内閣)のもとで、2度目は、民主党政権のもとで。いずれも大震災があり、ボランティアが活躍し、デモや集会への市民参加が進んだ。アジア諸国への侵略と植民地支配の歴史に向き合おうともした。安倍政権はまさに、この2つの政権のもとでの人々の挑戦を否定し、「悪夢であった」と刷り込むことで、自らを正当化してきた。
わたしたちがもし現状を打開し、前に進みたいならば、安倍政権がなきものにしようとした過去の挑戦を取り戻さなければならない。ささやかではあるがかけがえのないこの経験と記憶をいま思い起こす必要がある。
この国が抱える問題は山積している。解決を諦めてやり過ごすのか、それとも希望を捨てず、わたしたち自らが危機を乗り越えていくのか。この選択が問われる参議院議員選挙の投開票が、目前に迫っている。
#1
沖縄県知事選の展開については、以下で詳しく論じた。木下ちがや著『「社会を変えよう」といわれたら』大月書店、2019年、183-194頁。
#2
山本太郎の戦略については以下で論じた。木下ちがや『「山本太郎現象」を読み解く』〈論座〉2019年6月15日 https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019060400004.html
#3
立憲民主党の結成過程と「枝野ポピュリズム」については以下で論じた。前掲『「社会を変えよう」といわれたら』、151-154頁。
#4
ポピュリズムの背景と構造については以下で論じている。木下ちがや『ポピュリズムに抗し、ポピュリズムとともにあれ―都議会議員選挙の「騒乱の10日間」が示すもの』、〈ウェブイミダス〉、2017年9月22日 https://imidas.jp/jijikaitai/c-40-105-17-09-g695
2018年3月から4月にかけての危機
「働き方改革法案」関連で、根拠となる厚労省のデータに重大なミスがあることが発覚し、裁量労働制の対象拡大部分についての記述の削除を指示。さらに4月10日には朝日新聞により、15年に愛媛県と今治市の職員、加計学園の幹部が、首相官邸で柳瀬唯夫総理秘書官と面会した際の記録文書に、秘書官が「本件は首相案件」と述べたと記されていたと報じられる。これにより、「森友・加計疑惑」が再燃。さらに約一週間後には福田淳一財務次官がセクハラ発言で辞任。こういった出来事を指す。