核をめぐる現状
21世紀に入って、核兵器が拡散していく危険が増大しており、核不拡散体制の危機が叫ばれている。核不拡散条約(NPT)の締約国でありながら、イラク、リビア、イラン、北朝鮮などが、核兵器の開発を目指しており、NPTに加入しないインド、パキスタン、イスラエルが、兵器を増強している。また9.11(01年のアメリカ同時多発テロ)以降、テロリストによる核兵器の使用も危惧(きぐ)されるようになっている。このような状況で、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の5核兵器国は、他国への核拡散を防ぐことのみに注目し、さまざまな措置をとっている。しかし、そもそもこの5カ国の核軍縮が進展しないことに対して、核兵器を保有しない諸国から不満が出されている。
現在の核問題を考える上で、もっとも重要と思われる点について、見ていこう。
北朝鮮の核兵器開発
日本に直接関係する核拡散問題は、北朝鮮の核兵器問題である。北朝鮮はNPTから脱退し、06年10月に核実験を実施した。これに関する交渉は、北朝鮮、韓国、アメリカ、日本、中国、ロシアの6者協議で進められている。07年2月に「2005年9月の共同声明の初期段階の措置」に合意が見られ、60日以内に、北朝鮮は寧辺(ニョンビョン)の核施設を停止・封印し、国際原子力機関(IAEA)の要員を復帰させ、他国はエネルギー支援を行うことに合意した。それは7月になり、やっと履行された。
今後の進展は、北朝鮮が核計画の完全な申告と核活動の無能力化を実施し、それに対して他の5カ国が経済援助や国交正常化交渉などを実施していくかどうかにかかっている。アメリカは積極的であるが、日本は拉致(らち)問題もあり、慎重な態度をとっており、朝鮮半島の非核化、米朝国交正常化、日朝国交正常化などを目標とするこの交渉は、まだまだ時間がかかりそうである。
イランの核開発問題
核拡散問題のもう一つの焦点は、イランである。イランは、ウラン濃縮などはエネルギー供給のためであり、NPTで認められている原子力平和利用であると主張している。他方、アメリカなど西側諸国は、イランが秘密裏にその活動を20年近く進めてきたこと、石油が豊富にありエネルギー問題は存在しないこと、イランの原子炉は小規模で、その燃料のために濃縮を行うことは合理的でないことなどから、それは核兵器開発のためであると考え、対立している。国連安全保障理事会(安保理)は、いくつかの決議を採択し、イランにウラン濃縮活動の停止を求め、部分的な制裁を科している。しかし、イランはウラン濃縮を止めるどころか、いっそう大規模に進めている。
今後の進展として、アメリカなどは安保理でさらに強力な制裁を決定する方向を目指しているが、エルバラダイIAEA事務局長などは、核問題だけでなく、パレスチナ問題、イラク問題、中東和平など包括的な対話をイランと開始すべきだと主張しており、その動向が注目される。
核テロへの対応
9.11以降、核テロへの対応が緊急の課題となった。安保理は、04年4月に決議1540を採択し、テロリストへ核兵器が渡らないように、各国は国内法を整備し、国内管理体制を強化することを決定した。また03年から不審な船舶などを臨検するための「拡散防止構想(PSI)」が実施されている。さらに、パキスタンのA.Q.カーン博士を中心とする「核の闇市場」に対応するために、輸出管理の強化が図られている。
しかし、その対策は困難であり、核兵器ではないが、放射性物質を含む「ダーティーボム(汚い爆弾)」が使用される可能性が危惧されている。
アメリカとインドの原子力協力
さらに核不拡散に関する重要問題として、アメリカとインドの間で現在交渉されている原子力協力協定がある。アメリカはインドとの戦略関係を強化し、経済関係も強化することを望み、インドに核燃料や核技術を輸出しようとしている。しかしこれは、NPTに加入せず、核実験を実施したインドを、正式の核兵器国として承認するものであり、核不拡散体制の基礎を揺るがす効果をもつ。つまり、北朝鮮やイランに対しては厳しく対応しながら、インドを例外扱いすることは、アメリカの都合で国際体制に例外を認める二重基準(ダブルスタンダード)であり、国際制度の公平性や無差別原則を損なうものであると非難されている。
核軍縮の停滞
核不拡散条約は、基本的に5大国のみに核兵器の保有を認める差別的な条約であり、それを緩和するために、核軍縮に向けて誠実に交渉することが定められている。世界の核兵器は冷戦時の7万発から2万7000発に削減されたが、それでも地球上の全人類を殺戮(さつりく)するのに必要な量の数倍にあたる。冷戦終結直後は、米ロ間で大幅な削減の合意が見られたが、ブッシュ政権になってから、核軍縮の進展は停滞ぎみである。核兵器の実験を全面的に禁止する包括的核実験禁止条約(CTBT)は、1996年に署名されたが、アメリカが強硬に反対しているため、条約はまだ発効していない。中国、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮も批准していない。
核兵器の材料となる兵器用核分裂性物質の生産を禁止する条約(FMCT)の交渉を即時に始めることには、一般的な合意が存在する。2007年3月にジュネーブの軍縮会議(CD)において、その交渉を開始することが議長により提案された。大多数の国々が提案に賛成したが、中国は宇宙での軍拡停止と同時に交渉すべきだとして反対し、核兵器を増強しつつあるインド、パキスタンも反対し、交渉は開始されていない。
より平和で安全な国際社会を構築していくためには、核兵器の拡散を防止すること、および核軍縮を実施していくことの両方が必要である。
核不拡散条約(NPT Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons)
1968年7月に署名され、70年3月に発効した条約。核兵器国と定義されているアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国以外の国が核兵器を開発し保有するのを防ぐことを主要な目的としている。5核兵器国にのみ核保有を認めているので差別的であると非難されており、核兵器国は第6条において核軍縮を交渉するよう義務づけられている。
核の闇市場(nuclear black market)
核兵器開発にかかわる物資や技術の秘密ネットワーク。2004年2月に、パキスタンの「核開発の父」と言われるアブドル・カディル・カーン博士が1980年代末からリビア、イラン、北朝鮮に核技術を提供してきたことを明らかにし、パキスタン自身も核の闇市場を通じて核兵器を開発したことを認めた。そこには北米、欧州、アジア、アフリカの30以上の企業が関連している。06年2月には、日本の精密測定器メーカー「ミツトヨ」が不正に輸出した、核兵器開発に不可欠な三次元測定器などが、マレーシアを経由した核の闇市場を通じてリビアに流されていたことが、国際原子力機関の査察とマレーシア当局の調べで明らかになった。
汚い爆弾(dirty bomb)
危険な放射性物質を爆薬などで広範にばらまき、市民の殺傷や都市の汚染をねらう新たなテロの方法で、これまでは起きていないがその危険性は広く認識されている。軍事用の核分裂性物質や原発の燃料などをはじめ、医療や食品関係などでも多くの放射性物質が利用されているので、その十分な管理が求められている。
包括的核実験禁止条約(CTBT Comprehensive Nuclear-Test-Ban Treaty)
あらゆる場所における核兵器の実験的爆発を禁止する条約で、1996年9月に国連総会で採択された。5核兵器国、インド、パキスタン、イスラエルなど指定された44カ国の批准が発効のため必要だがそのうち34カ国しか批准していないため、まだ発効していない。イギリス、フランス、ロシアは批准しているが、アメリカ上院は99年10月に批准を拒否し、ブッシュ政権はCTBTへの強硬な反対を表明している。