「圧力」のカードを失った6者協議
本来、6者協議(6カ国協議)には二つの力学があった。一つは、北朝鮮が核保有に固執すれば、国連安全保障理事会への付託もありうることを示す集団的圧力の力学である。もう一つは、北朝鮮が核放棄を決断すれば、米朝国交正常化など北朝鮮の体制存続に有利な外交措置に加え、経済・エネルギー支援も行うとする集団的融和の力学である。ところが、アメリカの「金融制裁」に反発する形で、北朝鮮が2006年7月5日のミサイル発射に続き、10月9日に核実験を強行するに及んで、6者協議は二つのうち、集団的圧力の力学をほぼ失うことになった。国連安保理が、核実験に対してついに経済制裁を盛り込む決議1718を採択したからである。一時期、6者協議は再開不能とする声もあったが、国連安保理決議1718は、経済制裁とともに北朝鮮に6者協議への復帰を求める内容となっていた。また、中国は核実験の翌日には6者協議継続の意思をみせており、北朝鮮に再度核実験を強行させないためにも、6者協議が有効と考えていた。したがって中国は、北朝鮮が再度核実験を強行しても、国連安保理決議1718以上の経済制裁には同調しなかっただろう。加えて、核実験の約1カ月後に行われたアメリカの中間選挙は、共和党の敗北に終わった。政権末期を迎えたブッシュ政権は、北朝鮮の挑発行為をこれ以上許すわけにはいかなかった。アメリカもまた、6者協議を再開し、北朝鮮を、「すべての核兵器と現存する核計画」の放棄を約束した05年9月19日の6者協議共同声明に立ち返らせることを考えたのである。
米朝関係の改善が焦点に
このような状況を背景に、07年2月13日に第5回6者協議第3セッションで採択された「北京合意」は、北朝鮮に「すべての核兵器」、あるいは今回の核危機の発端でもある高濃縮ウラン計画(北朝鮮はその存在を否認してきた)の放棄を求めるよりは、北朝鮮がこれ以上プルトニウムを抽出しないための措置を優先する形となっていた。「北京合意」は、共同声明を履行するために、合意の成立した日から60日以内にとられる「初期段階措置」と、「次の段階」でとられる措置の二つから成り立っていた。「初期段階措置」で北朝鮮は、これまでプルトニウムを抽出してきた寧辺の核施設を閉鎖・封印し、「次の段階」ではすべての核計画の「完全な申告」を行い、すべての核施設を「無能力化」することになっていた。さらに、残りの5者はそれぞれの段階で、重油5万t相当の緊急エネルギー支援、重油95万t規模を限度に経済・エネルギー支援を行うことになった。核問題が国連安保理に付託されたにもかかわらず6者協議を継続するなら、それは北朝鮮に対する集団的融和の力学によるしかない。しかも、「北京合意」が履行されたとしても、北朝鮮が保有したとする核兵器については温存され、その解体のためには新たな合意が必要となるであろう。北朝鮮の要求を受け入れて「金融制裁」の全面解除に踏み切ったように、アメリカが速やかに「初期段階措置」を終え、「次の段階」に移行したいと考えていることは明らかであった。北朝鮮にとっても、テロ支援国リストからの除外など、対米関係の改善が最優先の課題であった。「北京合意」では、①朝鮮半島の非核化、②米朝国交正常化、③日朝国交正常化、④経済およびエネルギー支援、⑤北東アジアの平和・安全メカニズム、についての五つの作業部会の設置に合意をみた。なかでも北朝鮮が、②の米朝国交正常化の作業部会を重視したのは当然であった。いまや米朝関係の改善こそ、6者協議の最大の推進力となっている。()()
困難な立場におかれる日本
他方、アメリカがこのような融和的姿勢をとる以前から、北朝鮮を核放棄に導くために、軍事停戦協定から平和協定への転換、あるいは、米朝・南北関係改善のための措置がとられなければならない、と考えていたのは韓国であった。「北京合意」以前、韓国が北朝鮮と関係改善をするのは対米関係から困難であったが、この合意後、アメリカが融和的姿勢に転じることで、韓国は米朝関係の改善に合わせて、北朝鮮との関係改善を図った。07年8月の南北首脳会談の合意はその一つの到達点であった。こうしたなか、日本は外交的に困難な立場におかれている。拉致問題など、日朝関係にほぼ固有の問題解決のためには、外交的圧力も必要であろう。しかし他方、日本が最も北朝鮮のミサイルの脅威にさらされていることも確かである。6者協議から集団的圧力の力学がほぼ失われ、集団的融和の力学が支配的になるなか、日本が主張してきた「対話と圧力」の分担が再検討されなければならない。