各国で相次ぐ抗議行動
食料価格の高騰が、2007年から、アフリカ諸国の都市を中心に深刻な社会的・政治的問題となっている。すでにモロッコ(07年11月)、カメルーン(08年2月)、ブルキナファソ、セネガル、およびコートジボワール(それぞれ同年3月)、エジプト(同年4月)と、各国の大都市で、食料や燃料価格の高騰に抗議する街頭行動が相次いで行われ、カメルーンなどでは治安部隊の鎮圧で多数の死傷者を出すに至った。これらの抗議行動は、すべて食料価格値上げのみに向けられていたわけでなく、エジプトのパン暴動を除き、必ずしも食料暴動とは呼べず、交通費やせっけん、灯油など生活必需品全般の高騰による、生活苦一般への不満や怒りがその背景にあると言える。しかし主食であるコメ、パン、トウモロコシ価格の高騰はその生活苦の主因である。西アフリカの都市部を中心に、今や広く消費されているタイ米を中心とする輸入米価格は、08年初めから40~50%上昇した。しばしば輸入小麦を原料とするパンの小売価格も、従来、政府補助金により低価格に抑えられてきたが、多くの国で、原料高騰によって見直しを迫られている。またトウモロコシを主食とする東・南部アフリカ諸国でも、燃料費や肥料の高騰が食料価格の上昇要因となっている。
その直接的原因としては、トウモロコシに関しては、中国やインドなどの新興国の食生活の肉食化による飼料用トウモロコシ需要の急増や、バイオ燃料用への需要増がある。コメは、国際的にもともと市場規模が小さいため、主要なコメ生産・消費・輸出国が集中するアジアでの需給が逼迫(ひっぱく)した結果、ナイジェリア、コートジボワール、セネガルなど、世界10大コメ輸入国に入る西アフリカ諸国において、タイ米などのアジア米の高騰を引き起こした。小麦に関しては、植民地時代から、西アフリカの庶民層にも都市部を中心に小麦粉パンが浸透しており、小麦の大輸出国であるオーストラリアの天候不順などを反映して、輸入価格が高騰した。さらなる要因としては、サブプライム問題で行き場を失った投機資金が、原油や穀物といった国際商品の先物市場に大量に流れ込んだことも見逃せない。
強いられた輸出優先政策
しかしながら、アフリカの食料不足問題は今に始まったことではない。アフリカの食料大量輸入国は、穀物の輸入依存をなくすことを政策目標として掲げてきた。しかし実際には、コーヒー、カカオ豆、木綿、落花生などの輸出換金作物が優先され、国民が伝統的に消費しているミレット、ソルガム、イモ類の生産者に対する政府支援は、資金面でも技術面でもおろそかにされてきた。とりわけ1980年代から対外累積債務の返済を迫られた諸国では、自国債務の繰り延べと引き換えに、欧米債権国と国際通貨基金(IMF)や世界銀行などの国際金融機関が要求する大幅な輸入自由化と輸出振興策のために、増大する都市人口を賄う自前の食料増産策を、ほぼ放棄せざるを得なくなった。世界銀行なども、換金作物への融資は熱心だったが、アフリカ人の消費する食料生産分野での投資には消極的であった。したがって、今回の食料危機はある程度予測されていた事態と言える。2008年6月、国連食糧農業機関(FAO)がローマで開催した食料サミットでは、食料危機にさらされているアフリカ諸国を念頭に、国連主導の緊急援助として、食料不足国に対する種子や肥料などの投入による食料増産支援を訴え、中長期的には、農業投資の増大と農産物貿易の自由化などが宣言に盛り込まれた。しかし、アフリカ諸国が最も影響を受けることが懸念されている、バイオ燃料生産と食料生産との競合問題については、バイオ燃料生産に国策として積極的なアメリカやブラジルに配慮して、さらなる調整を呼びかけるにとどまった。
豊かな国も問われている
日本政府は、同サミットにおいて、5000万ドルの食料増産支援と、ウルグアイ・ラウンドでの最低輸入義務として輸入したコメを、アフリカなどの食料不足国に供与する旨を発表した。しかし、アフリカの食料危機の抜本的解決に関しては、こうした緊急対策のみならず、自然環境面でも経営面でも、アフリカの生産者が持続可能な営農を行うことが可能となる適正技術や肥料供給への公的支援、生産者の組織化を通じた対政府交渉力の強化など、キメ細かい対応が要求されている。08年7月、世界貿易機関(WTO)のドーハ・ラウンドは、途上国の緊急輸入制限をめぐり決裂したが、アフリカ諸国のおおかたの立場は、急速な農産物の自由化は食料危機の抜本的な解決策とはならず、食料増産のためには、緊急輸入制限措置などによる自国の政策裁量幅を確保し、食料生産者を保護すべき、というものであった。
他方、アフリカの食料危機は、地球温暖化などグローバル・イシューともリンクしており、食料増産への支援と同時に、欧米日の、大量の穀物輸入を伴う肉食中心の食文化も問い直すことも必要となろう。アメリカが1年に消費する穀物飼料は、菜食主義者8億5000万人分の食料に相当するという報告があるが、この数は同時にアフリカを中心とする世界の食料不足人口にほぼ相当する。富裕国の食べ方、作り方、捨て方もアフリカ食料危機において問われている。
食料サミット
国連食糧農業機関(FAO)が主催する首脳レベルの国際会議。2008年6月に開かれ、181カ国が参加。短期的な措置として食料援助を行い、中長期的な措置として農業分野への投資を拡大するなどの内容の共同宣言を採択した。