したたかな政治的感覚
2009年1月20日、バラク・フセイン・オバマがアメリカ合衆国の第44代大統領に就任した。黒人(ケニア人)と白人を両親にもつ人種の多様性、ハワイに生まれ、ムスリムの父をもち、インドネシアで過ごしたという文化の多様性、そして、エリートでありながら社会的弱者の側に立ってきた社会階層の多様性――オバマは三つの多様性を体現する魅力的な政治家である。さらに、彼の雄弁は人々の心にこだまし、第二のリンカーン、第二のケネディ、第二のフランクリン・ローズヴェルトとさえ呼ばれている。しかも、オバマ大統領はユニークな背景と卓絶した雄弁のみならず、したたかな政治的感覚をも有している。かつての政敵ヒラリー・クリントンを国務長官に起用し、ジョージ・W・ブッシュ前政権からロバート・ゲーツ国防長官を留任させた人事は、しばしば「チーム・オブ・ライバルズ」と称される。さらに、中国系のスティーブン・チュー(ノーベル物理学賞受賞者)がエネルギー省長官に、そして、日系のエリック・シンセキが復員軍人省長官に起用されている。前者はこのエネルギー政策の重視と中国の協力確保へのメッセージであり、後者で大統領は軍部の心をつかみ、前政権のイラク政策批判を象徴させている。シンセキはこの戦争をめぐってドナルド・ラムズフェルド国防長官(当時)と対立し、更迭(こうてつ)された陸軍参謀総長だったからである。
直面する重要課題にどう対処するか
確かに、初の黒人大統領の登場はそれ自体で歴史的意義を有するが、オバマは2004年に連邦議会上院に初当選した人物であり、国政経験わずか4年の政治家であった。必要性があれば、有能な人物を経歴や年齢のいかんを問わず起用するというアメリカ政治のダイナミクスから、われわれが学ぶべき点は多かろう。オバマ政権にとって、当面の最大課題は金融危機への対処である。すでにオバマ大統領は、アメリカの産業構造を環境重視に転換させながら大規模な公共事業投資をおこなう「グリーン・ニューディール」構想を発表している。だが、「100年に一度」と称される今回の危機に、即効的な対処は期待できない。4年の任期のうち後半に景気を回復させ、人々に自信を回復させることができるかどうかが、オバマ再選の鍵であろう。
したがって、オバマ政権が外交に割ける時間と労力は限定されている。その中では、アフガニスタンの治安維持と経済復興の優先順位が高い。イラクからアメリカ軍が撤収される分、アフガニスタンにはアメリカ軍が増強されている。アフガニスタンの治安と経済状況は、イラク以上に深刻である。隣国パキスタンの政情不安も危惧(きぐ)される。こうした中で、日本は自衛隊による輸送支援を提供できるか。あるいは、アフガニスタン復興支援のために、さらなる財政負担に応じられるか。オバマ政権下での日米関係の最初の試金石であろう。
また、北朝鮮問題でオバマ政権が一層交渉重視に傾斜し、拉致問題が相対化される可能性もある。そうなると、日本の世論には、アフガニスタンのようなグローバルな問題ではアメリカの世界戦略に巻き込まれ、北朝鮮のような北東アジア地域の問題ではアメリカに見捨てられるという「二重の恐怖」が発生するかもしれない。さらに、沖縄での米軍再編の遅延も、日米同盟関係の信頼性を傷つけることになりかねない。
日米の信頼関係を樹立するには
他方で、地球環境問題やエネルギー問題、さらに核軍縮などのイシューでは、オバマ政権はブッシュ前政権よりもはるかに熱心である。これらのイシューでは日米協力、さらには、日米中の協力が大いに可能であり、また、必要である。とりわけ、核軍縮では、「唯一の被爆国」としての日本の従来の政策に、アメリカが歩み寄ることにもなろう。中国や北朝鮮に対するアメリカの「核の傘」の信憑性が損なわれてはならないが、オバマ大統領の広島訪問や、そこでの大胆な核軍縮提案は、あながち夢ではあるまい。2月16日に、ヒラリー・クリントン国務長官が、最初の外遊先として日本を訪問した。これは日米同盟重視の政治的メッセージである。また、2月24日に日米首脳会談が予定されている。日米両国政府の首脳や外交責任者が早期に会談して信頼関係を樹立することは、きわめて重要である。国際的に著名なジョセフ・ナイ博士(ハーバード大学教授)の駐日大使起用(内定)も、日米関係の信頼性の維持と強化につながろう。
しかし、最も重要なのは日本の政治的安定である。来るべき衆議院の解散・総選挙ののちに政界再編がおこるのか。そして、激動する国際情勢のなかで、日本は国際的責務を果たしていけるのか。それらの問いに対して、アメリカ同様に“Yes, We Can”と言えるかどうか。日本の民主主義の真価が問われようとしている。