空母建造「確定」は事実か
中国の梁光烈国防相が2009年3月20日、訪中した浜田靖一防衛相に「世界の大国で空母がないのは中国だけ。永遠に空母を持たないわけにはいきません」と語ったことから、日本では中国の空母建造が決まったような報道も少なくない。すでに08年12月30日付の朝日新聞は「中国は2009年から通常推進の空母建造を上海で始め、2015年までに5万~6万t級の中型艦2隻の完成をめざす」と報じ、09年2月19日には、「2020年以降、原子力空母2隻の建造を計画」として「東アジアの軍事バランスに大きな影響を与える」「周辺国だけでなく、アメリカも警戒を強めるのは必至だ」と評している。この報道の出所は中国の海軍、造船関係筋らしいが、日本でも防衛力整備計画を策定する段階では、自衛隊や技術者の願望を交えた話が出ることは多く、うのみにすることはできない。まず首を傾げたのは09年中に2隻の空母の建造を始める、という点だ。中国が全く未経験の空母建造に乗り出すなら、まず1隻を造って問題点を洗い出してのち、次に進む方が常識的だろう。旧ソ連が1993年に建造を中断し、スクラップ化していた空母ワリヤーグを中国が2001年に買い、大連のドックに入れていたため、これを試験艦にするか、とも言われたが、ペンキを塗っただけで、機関や舵機の交換などの工事は進んでいない様子だ。
越えられない技術的「壁」
中国が空母を建造するためには、技術的に乗り越えなくてはならない壁がまだ多い。垂直離着陸式でない戦闘機の発着艦に必要な蒸気カタパルトは、アメリカしか造っておらず、中国の空母は、ロシア同様に、飛行甲板の前端を上に反らした「スキージャンプ」を取り付け、大出力のスホーイ33戦闘機を強引に発進させることになるだろうが、この方式はシケの際の発艦で安全性が低いとされ、ロシアの唯一の空母「クズネツォフ」の実働率が低い一因とも考えられる。また、敵機の攻撃を察知するためには、早期警戒機が必要だが、空母が搭載できる空中早期警戒機はアメリカ製のE2C以外に存在しない。大型レーダーを付け、上空から遠方を見張るE2Cがなければ、低空飛行で水平線に隠れて接近する敵機を発見できず、せっかくの空母も対艦ミサイルを撃ち込まれるだけだ。ヘリコプターに小型のレーダーを付けたものもあるが高度が低くて探知距離が短く、滞空時間も限られ、「ないよりまし」程度だ。地上基地から発進する大型の早期警戒機の哨戒圏外に空母が出ないのならE2Cが無くてもすむが、それなら空母より空中給油機を使って地上基地戦闘機を洋上に出す方が安くて安全だろう。沿岸から離れられないのでは空母の意味がない。
空母を守るためには高性能の対空、対潜水艦用駆逐艦群も必要だ。中国の駆逐艦28隻中、13隻は一見近代的だが、火器管制システム、電波妨害対策などでアメリカ、日本の護衛艦と同等の実力を持つとは考えにくく、ソナーや対潜ヘリの能力にも疑問がある。09年7月来日したアメリカ海軍作戦部長(制服トップ)G・ラフヘッド大将は4日の記者会見で「空母を単体で持っても意味がない。中国が護衛艦などを含む空母戦闘群を運用するには100年はかかる」と述べた。07年5月に訪中した太平洋軍司令官T・キーティング海軍大将は「もし中国が空母を開発するならできるだけ助力したい。だが楽なことではありませんよ」と北京の記者会見で語った。10万t級の原子力空母11隻を持ち、総合的システムで圧倒的な力を持つアメリカ海軍にとって、中国が初歩的な空母を保有しても、「警戒心を高める」対象にはなりえない。海上自衛隊にとっても、早期警戒機のない中国空母は、P3C哨戒機が発射する射程110キロの対艦ミサイル「ハープーン」で処理できるし、仮に上空に中国の地上基地から発進した早期警戒機がいても潜水艦のハープーンが有効だ。中国が空母を造っても、国家的虚栄心の発露でしかあるまい。
制海権よりアメリカとの協調
空母建造の目的として、台湾独立の阻止があげられるが、それには空母は不要だ。中台経済の一体化が進むなか、台湾の世論調査では「現状維持」を望む人が約86%で、08年3月の総統選挙では「独立反対」を訴えた国民党の馬英九氏が58%余の記録的得票率で当選した。それ以前からアメリカは対中関係を重視して、陳水扁前政権の台湾独立への些細な動きにも、北京以上に激しく反発し、このため李登輝元総統も「独立反対」を語るありさまだった。「台湾独立阻止」は台湾人とアメリカにまかせておけばすむ話だ。「中国は拡大する資源輸入の海上ルートを守るために海軍を増強している」という話も筋が通らない。中国の資源輸入が拡大しているのは輸出が増加し、経済が成長するからだ。中国の輸出市場はEU、アメリカ、日本の順で、輸出産業の大半は台湾、日本、アメリカなどの外資系企業だ。もし中国がこれらの国々と対立関係になれば、輸出が急減するから原材料の輸入の必要も減るうえ、海外から資源を買う金もなくなる。
「中国の公表国防費は1989年以来、連年2ケタ増」と防衛白書などで言われるが、これは名目(額面)の上昇率で、消費者物価上昇を差し引いた実質成長率で見るのが軍事分析の常道だ。それでも97年以来10%以上の実質増が続いているのは確かだが、実は、日本の防衛予算も、高度成長期の1961~79年の19年間、65年の9.6%を除いて、毎年2ケタの名目増を続け、実質では約3.5倍になった。中国の国防費もこの20年間で実質で約4倍だから似たパターンだ。経済が急成長して税収が増えれば、防衛当局も政府の他の部門と同等に分け前にあずかるのは自然な成り行きだろう。
中国は、経済成長を進めれば進めるほど、世界的制海権を持ち、大市場でもあり、融資先でもあるアメリカと一層協調を強めることになると考えるほうが自然だ。日本は「中国の空母」を恐れるよりは、ますます深まりつつある米中協調体制の中で居場所を失わないよう心すべきだろう。