世界秩序の大変動
2008年9月のリーマン・ショック以降、世界経済は深刻な危機に陥った。1年を経て世界経済はある程度の落ち着きを見せ始めている。しかし今回の危機は単に経済だけの問題でもなく、また一過性の事件でもない。世界秩序に進行しつつある構造的な地殻変動の効果として起きた大地震だったと見るべきである。重要なのは、世界秩序の変化の行く末である。人間社会を秩序づける制度と、人間社会を動かす動力との間に矛盾が大きくなる時、大変動が起きる。歴史的にはこうした変動は主要国を巻き込んだ大戦争という形で起きることが多かった。しかし今日では軍事力による破壊規模が大きくなりすぎたことや、世界的相互依存が深化したことから大戦争はまず起こらない。その意味で今回の経済危機は現代における「疑似戦争」であったという見方も可能である。
世界を主導した超大国アメリカ
今回の危機の基底的な要因はまず第1に、世界の政治経済構造の中心であったアメリカの力の優越が絶対的なものでなくなったということである。アメリカは冷戦期からポスト冷戦期にかけて、核兵器からハイテク兵器へ軍事力の中心をシフトさせ、またかつての工業大国から世界通貨ドルに支えられた金融大国へと変貌し、世界をリードしてきた。2000年ごろにはその優越は頂点に達し、ローマ帝国以来の強大国という呼び方すら見られるようになった。しかしそのころからITバブルの崩壊や01年の9.11テロによって次第にアメリカの脆弱(ぜいじゃく)性が浮かび上がってきた。ブッシュ・ジュニア政権はアメリカの軍事力、経済力をたのみ、アフガニスタンやイラクでの戦争を主導し、民間主導の経済成長を追求したが、アフガニスタンやイラクでの戦後統治の負担や今回の金融危機の導火線となった住宅バブルの崩壊を招いた。これによってアメリカが世界の中心として単独で世界を切り盛りする構図は不可能となった。
同時に、アメリカがその一角となって構築してきた国際秩序も制度疲労が明らかとなってきた。第二次世界大戦に勝利した後、アメリカが主導して国連体制やブレトンウッズ体制が創られた。その後の東西冷戦やアメリカへの経済力の偏在によってそれらは期待されたようには機能しなかったが、国際秩序に一定の正当性をもたらした。さらにアメリカをリーダーとする西側先進国同盟が北大西洋条約機構(NATO)や日米などアジア太平洋の諸同盟、G7といった形で国際秩序の運営を主導した。
先進国の失速と途上国の台頭
しかし冷戦終焉(しゅうえん)とグローバリゼーションの進展によって西側先進国の主導性は相対的に低下した。米欧同盟はNATOの東方拡大が進んだものの凝集性は弱まり、イラク戦争では明確に同盟に亀裂が生まれた。同時に欧州連合(EU)の深化と拡大が進み、共通外交安保政策が試みられ、共通通貨ユーロも実現した。アジア太平洋でも1990年代半ばまでは日米関係が主軸となった地域協力が進展していたが、97年に起きたアジア金融危機の時期を境にアジア域内の経済統合が進み、地域秩序の構造変化が明らかとなっている。かつて世界の国内総生産(GDP)の8割を占めていたG7も現在では5割強を占めるに過ぎなくなった。代わって台頭しているのは非西洋途上国(ロシアはややこのカテゴリーから外れるが)である。その先頭にはBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)といった資源、人口、領土に恵まれた大国が立ち、石油や天然ガスを産出するエネルギー資源国やイスラム教諸国、アジア・アフリカ・中南米の一部の国が続く。特に世界最大の人口が質の高い労働力となった中国、中国に次ぐ人口大国で、英語の普及や民主体制、優れた科学技術力をもつインド、農産物や資源に恵まれたブラジル、天然資源と広大な領土をもつロシアは国際政治の中で無視できない存在となっている。
多国間協調体制としてのG20
現在の国際政治に起きている構造変化は、これら諸国の国際政治上の影響力を拡大する方向で動いている、そのことはまず間違いない。しかしそれがどのような形をとるのかについてはまだ確実なことは言えない。ここでは二つの有力なシナリオとして、従来の主要先進国に新興経済国を加えた包括的な多国間協調体制の形成と、新たな大国間秩序の構築の場合を考えてみよう。前者の代表例としてG20会合、後者の代表例として米中G2論がある。G20はアジア発の金融危機後に開始された枠組みである。G7にEU代表も参加した財務相・中央銀行総裁会議が行われているが、そこに新興12カ国の代表を加えた財務相・中央銀行総裁会議として99年に開始され、年1回の定期会合の形で続けられてきた。しかし2008年の金融危機を受けてアメリカがG20首脳会議を提唱、それに伴って財務相・中央銀行総裁会議も随時開催されるようになった。
G20首脳会議は08年11月に第1回がワシントン、09年4月に第2回がロンドン、同年9月に第3回がピッツバーグで開催され、金融危機発生以降、最も注目度の高い会合となっている。もちろん国際金融問題に関してG20に関心が寄せられるのはある意味で当然ではあるが、それだけでなく、G20が現在のところ最も包括的に世界の主要国ないし主要国候補が一堂に会する枠組みであることが大きい。G20参加国で世界経済の8割強、世界人口の3分の2を占めているのである。これら諸国が結束を示し、一致して現在の国際経済危機に対応するというメッセージを送ることがG20首脳会議を開始した主たる意義であったと言えるであろう。第1回、第2回の会合を通じて国際金融に対する規制強化、各国の財政出動・金融緩和による景気刺激、保護主義への反対と自由貿易体制の維持がうたわれ、危機に対する不安感から国際社会が分裂するというシナリオを回避する上では一定の役割を果たしたと言えよう。
(後編に続く)