「まず聞こう」という外交姿勢
オバマ政権の登場で、アメリカの外交のあり方は、ブッシュ前政権から大きく変わった。ブッシュ政権には、アメリカの望む状況へと相手を変えるのだ、という性急なアプローチに頼る傾向が強かった。オバマ政権も、もちろんアメリカにとって望ましい状況を目指している点ではブッシュ政権と変わらないが、その手法がまったく異なる。
ブッシュには、国際協調はアメリカが妥協を強いられることになり、利益を損なうという発想があったが、オバマの発想はまったく逆で、多くの国々とネットワークを築いていくことが、結局はアメリカの利益を高めると考えている。もちろん、アメリカの力の限界を踏まえ、諸国家の多様性と協調行動を重視せざるを得ない事情もある。
2009年1月の就任後にオバマが目指したのは、具体的な成果を急ぐよりも、まずは国際社会において信頼を得ることだった。今までのように「こうしなさい」と主張を押し付けるのではなく、「まず聞こう」という外交姿勢を見せることが大事だと考えたのである。
とくに、ブッシュ政権時代に対米感情が最悪となった中東において、そうした姿勢をアピールすることに力を注いでいる。
たとえば就任直後、初めて単独インタビューを受ける海外メディアに、サウジアラビア系の「アラビーヤ」という衛星放送のテレビ局を選んでいる。同年3月にはイランに向けたビデオメッセージを発表し、4月にはトルコの国会で「イスラム世界との関係改善」を呼びかける演説を行った。6月のエジプト訪問の際には、カイロ大学で演説を行っている。これまでのアメリカの大統領は、アメリカがつくったカイロ・アメリカン大学で演説を行っていた。ところが今回は、エジプトの名門であるカイロ大学を選び、しかもその聴衆に反政府的なグループも招いている。
「アメリカはイスラム教を敵視しない」というメッセージを繰り返し送っているわけだが、したたかなのは、このカイロ演説の翌日には、ホロコーストの現場であるドイツのブーヘンワルト強制収容所跡を訪問していることだ。イスラエルにも配慮を見せているのである。
核廃絶宣言の背後にあるメッセージ
中東だけでなく、様々な地域でこうした「傾聴外交」の姿勢を見せて国際社会での信頼を固めたうえで大胆に歩を進めたのが、同じく09年4月のプラハでの「核なき世界」演説だったといえる。究極目標としての核兵器廃絶に向けた取り組みの先頭に立つと宣言したこの演説は、これまでのアメリカ大統領が語ることができなかった理想を掲げたように見える。確かにオバマは非常に理想主義者の顔をもつが、同時にしたたかな現実主義者でもある。核不拡散への積極なアプローチは、決して単なる道義性に基づくものではない。国家の枠組みで対処できない破綻国家などを介してテロリストに核兵器が渡り、本土や外国のアメリカ人がそれによって攻撃されることが、アメリカにとって最大の脅威なのだ。実は、オバマ政権の最大の関心はここにある。あのメッセージの背後にあるのは、核開発計画の疑惑を向けられているいくつかの国へのけん制であり、核の入手を狙うテロリストへのけん制なのである。
オバマが今、進めようとしているのは、アメリカがまずロシアとの間で核軍縮交渉を行い、さらに核軍縮の波をフランスや、イギリス、ひいては中国など他の核保有国に広げていくことだ。アメリカが率先して動くことで、他の国々との間で核拡散を封じ込める合意を形成しやすくなる。オバマはそうした計算に基づいて行動しているのである。
そして実は、この構想と、先に触れたオバマの中東への配慮とはつながっている。
イランが核を保有することは、イスラエルに脅威を与え、中東を不安定化させるので、絶対に阻止しなくてはならないと、アメリカは考えている。そのためには、イランへの影響力をもつロシアの協力を得る必要がある。ロシアとの核軍縮交渉には、そこへ向けたステップの意味ももっている。
「核テロ阻止」が最大の関心事
オバマ外交において今、優先課題として位置づけられているのは、なんと言っても中東政策だ。そして、中東の安定化のためにも、ロシアやヨーロッパとの関係が重視されている。これに北朝鮮の核問題を加えた三つに今、外交の重点が置かれている。これらを貫いている問題意識は、核拡散によってテロリストの手に核が渡ることへの恐怖であり、先述のように、オバマ外交の最大の目的は、それを未然に防ぐことにある。オバマの協調、対話路線とは、対話のための対話ではなく、明確な国益追求、例えば核不拡散という目的のための手段なのである。必要があれば、ソフトパワーだけではなく、経済的制裁や軍事的制裁といったハードパワーも行使する「スマートパワー」路線で行くのだと、オバマ自身が語っている。
最後に、オバマが広報文化外交(Public Diplomacy)の一環として、インターネットを積極的に駆使していることも指摘しておきたい。たとえば彼は、世界中に会員をもつ巨大SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のフェイスブックにサイトを開いているが、このサイトには500万人が「友人」登録している。フェイスブックの会員は1億5000万人で、1人あたり約100人とつながっていると言われているから、オバマは、このサイトに登録している500万人を通じて、より多くの世界の人々とつながっていることになる。かつて、ルーズベルト大統領がラジオを、ケネディ大統領がテレビを初めて使いこなした。オバマは初めてインターネットを使いこなした大統領として、歴史的に位置づけられるだろう。