中国新体制は協調か、強硬か
台頭する中国が世界の注目をあびている。これまでの対外戦略を見てみると、1970年代末からの改革開放以来、トウ小平の「二四文字指示」(91年)、その核心部分である「韜光養晦(とうこうようかい 陰に隠れて力を醸成する〔強硬な目立つことは避け慎重な外交をやれという意味〕)」と「平和と発展」論、すなわち国際協調路線が基本であった。しかし近年、微妙な変化を始めている。胡錦濤に代わって12年11月に共産党総書記に就任した習近平がどのようなスタンスを取るのか、まだ十分には見えてこない。2012年7月7日の「世界平和論壇」シンポジウム(清華大学)では、異なった制度、タイプ、発展段階、利益の混在する国家間が作る国際社会で、国際協調路線、平和発展の道を堅持する、と力説していた(人民網)。他方で同年11月の中国共産党第18回全国大会「政治報告」は、「わが国の国際的地位に見合った国防と強大な軍隊を建設する……海洋資源を断固守り、海洋強国を建設する」と、大国主義的な強硬路線の主張も行っている。当面、国際協調路線を表に出しながら、まずは着々と大国としての総合国力の増強を図っていこうとしているのが、習近平政権の基本的なスタンスではないだろうか。しかし習近平政権を支える外交ブレーンの中で、穏健派の王輯思が「韜光養晦はアメリカに対する姿勢のみに限られる」と語り(朝日新聞10月5日)、強硬派の閻学通も「従来の世界は一極支配だったが、これからは中米二極体制に移行していく」(朝日新聞12月12日)と主張している。中国をアメリカに次ぐ、あるいは同等の大国として自己認識し、他の国々には大国として振る舞うという姿勢である。とくに日中関係について閻学通は「アメリカがまだ中国よりも強大なのに対して日本は中国よりも弱いことだ。日本はこうした状況に慣れ、中国を競争相手と見ることをやめなければならない」と主張している。中国が今日、尖閣問題のみならず、経済、歴史その他の領域で全面的に攻勢を緩めないのは、まず日本に中国のことを「抵抗できない一段上の国家」として認識させることを狙っているからであろう。その上でなら、中国は対日協調路線を復活させる意向はあると言わんばかりである。
しかし、全面的に強硬路線を取るかと言えば、必ずしもそのようには見えない。12年12月5日、習近平は外国の専門家を集めて今後の中国の歩むべき方向性を語った。「依然発展途上国であり、一連の厳しい試練に直面し、解決しなければならない問題がまだ多くある。われわれはむやみに自らを卑下せず、むやみに尊大にもならない」、「中国の発展は平和的発展だ。自分本意で、人を傷つけ己を利し、相手を負かして自分が勝つような発展ではなく、他国や世界に対する挑戦や脅威では決してない」(人民網)。この主張には、(1)中国の発展には依然国際的な協力、支援が必要である、(2)中国をそれなりに高く評価してくれるなら、穏健・協調的な関係を重視する、ということが含意されているように見える。
「尖閣国有化」に反発する理由
少し中国の内政と日中関係を振り返ってみるならば、新指導部形成の過程において熾烈な権力闘争が展開されたことは周知の通りである。それと並行して日中問題も悪化の一途をたどった。12年9月に入り日本政府による「尖閣国有化」決定、その後、激しい「反日暴動」が爆発し、やがて尖閣近海への中国警備船・艦船の領海侵犯が常態化した。もちろん新指導部体制の形成と急激に悪化する日中関係を直接に結びつけて論ずることが、憶測で危険性をはらんでいる可能性を否定はしない。が、両者を結びつけて考察することで、新執行部の目指している方向性が見えてくる。今回の尖閣諸島をめぐる中国側の強烈な反発の理由として、おもに国内の格差・腐敗問題に不満を持つ民衆のガス抜き、あるいは指導部内の権力闘争の反映、大国化に伴うナショナリズムの高まり、アジア太平洋海域への勢力圏拡大の突破、といった理由が考えられる。さらに現時点からみるならば、台湾とも連携し、結果的に「中台統一」の機運と条件を高める狙いがあったと言えそうである。
日本政府による「国有化」宣言は、これらの目的を実現する格好の材料となった。日本がどのように説明するかはお構いなしに、当局は「国有化」という表現自体を利用して、「日本政府側が領土を略奪した」「日本軍国主義が復活した」と叫び、国民の民族感情を激しくあおり立てた。1990年代以来の反日愛国教育を受けてきた国民、とくに若者はそれに呼応した。しかも日系企業を徹底的にたたき、破壊し、そこに働く中国人従業員らにも犠牲を強い、恐怖感を与えることによって、一般国民に日本に好感を持つことは危険だという感情を植えつけた。アジア太平洋海域への勢力圏の拡大に関しては、日本の「国有化」に対して実力により徹底的に抗議するという名目を手に入れ、日常的に「尖閣領海侵犯」を行うことによって、「日本領海論」を実力で吹っ飛ばしてしまった。おそらく以上の2点によって、中国当局の内政・外交上の当面の意図が見事に実現したと言えるのかもしれない。
大国化した中国とどう付き合うか
そこで今後の日中関係を考えるなら、日本にとってはかなり厳しい現実に直面していることがわかる。しかし「力による威嚇」に屈することはできない。それは日本にとってのみならず世界にとって、ひいては中国のこれからにとっても不幸を導く。ではどうすべきか。当面早急に取り組むべき点として以下の4点を指摘しておきたい。
(1)尖閣問題に関して日本政府はいつまでも「領土領海問題は存在しない」と言い続けるのではなく、すでに我が国の領海・領空が明らかに侵犯されている事実を問題視し、平和的解決のために、日本側から「主権が侵犯されている」ことを国際司法裁判所に提訴し、問題解決に動き出すべきである。中国はこの提案を無視できない。無視すればそれ自体が中国の弱点をさらしたことになる。国際社会の権威ある機関で正々堂々と論争し、その結果を両国は厳粛に受け入れる。国際ルールの尊重が世界に示されれば、それ自体、日中両国にとっても、世界にとっても画期的な成果となるだろう。
(2)「力による大国誇示」ではなく、国際協調、日中互恵の発展を望む人々が、中国にも多数存在しているという事実をしっかりと認識し、彼らとの連帯を図ることである。
(3)日本の安倍晋三政権は、日中関係改善への強い意欲を示し、具体的な方策を練って理性的に交渉を開始すべきである。とくに長期的包括的な東シナ海の平和の枠組みの構築、日中の互恵的なWin-Win関係の構築、中国の環境、格差、社会保障など成熟社会に向けた日本の包括的協力などは真剣に議論されるべき内容であろう。
(4)日本の安全保障にとって、日米安全保障同盟の強化は欠かすことはできない。また中国に対する経済のカントリーリスクが現に発生している今日、中国にのみ生産拠点を置くのではなく、ベトナムなど第三国にも拠点を置くというチャイナ+ワンの流れは否定できない。しかしこれらは、中国と対決し、中国を孤立化させるためのものではなく、日本という国益を維持するための方策、バランシングの意味で用いられるべきである。日本と中国には長い特別の歴史があり、相互信頼の下に健全な関係を構築することこそ使命でもある。