西欧人権主義とシリア難民排斥
国際移住機関(IOM)の発表(2016年11月17日)によれば、地中海を渡ってヨーロッパを目指した難民(北アフリカなど、シリア以外の難民も含む)のうち、途中で遭難して死亡した人の数は16年だけでも実に4500人以上に上る。しかも、前述したEU―トルコ間の合意によって、トルコから地中海経由でギリシャに渡った大量の移民たちがトルコへと送還されている。一方、EUはトルコに約束したはずの「EU圏内へのトルコ人のビザ無し渡航」を未だに認めていない。ましてや、トルコが長年望んでいた「EU加盟」を本気で実現する気がないことなど、もはや、誰の目にも明らかだろう。
16年7月のクーデター未遂事件以来、強権化を強めるトルコのエルドアン政権に対して、ヨーロッパでは「事実上の独裁化だ」と、批判や懸念が広がりつつある。また、トルコ国内のシリア難民たちが低賃金で働かされており、児童労働など、人権上の問題が指摘されているのも事実だ。だが、誰がトルコをそこまで追い詰めたのかを考えなければならない。私もまた、近代的な自由や民主主義の価値を信じ、それに期待して生きてきた人間のひとりとして、個人の自由や人権を制約していいとはまったく思わない。
だが、一方で、そのように「人権」を振りかざし、トルコを批判するヨーロッパが、「国境」という壁で戦火を逃れてきたシリア難民たちを跳ね返し、彼らの命を危険に曝しながら、その負担を一方的にトルコなどに押し付けているという現実をどう考えるのか。
EU加盟28カ国で、たった100万人のシリア難民を受け入れただけでも、各国で激しい反イスラム運動や排外運動が起こり、トルコのエルドアン大統領を「独裁者」と呼び、「人権」を声高に叫ぶ国々で、ファシズム的な極右勢力の急激な台頭を防げずにいるという、この皮肉な状況を我々はどう捉えるべきなのか。そもそも、これほど大量の難民を生み出したシリア内戦を、これまで西欧諸国は真剣に止めようとしてきただろうか……?
イスラムの視線から見る西欧の限界
実を言うと、トルコにいるシリア難民たちの多くは、ジュネーブ条約で定める「難民申請」をしていない。彼らはシリア内戦で家族や家を失い、アサド政権の無差別に市民を殺傷する「たる爆弾」の恐怖から逃れるために、隣国であるトルコのご厄介になっているのであり、彼らは決して、正式な「難民」にカテゴライズされ、「難民キャンプ」に閉じ込められたいと思っているわけではないのだ。また、トルコ人も、困っている彼らをクルアーン(コーラン)の教えにあるように、シリア難民たちを「客人」として受け入れているけれど、彼らにも最低限の「食い扶持」が必要だと考え、「給料は安いが、仕事が出せるなら出そう」と働かせている面もあるのである。
そうした、「今、目の前にいる、困っている人たちに対して、救いの手を差し伸べる」ということが、「人道」の基本だという、「イスラムの視線」から眺めると、そこに浮かび上がってくるのは、西欧が掲げる人道主義の「欺瞞」であり、国境で区切られた近代的な「領域国民国家」というものの限界に他ならない。
戦争に巻き込まれたことによって、人が否応なく国境をまたいで動いている。そういう事態に対して、国境と国民という概念に縛られた「領域国民国家」ほど、役立たずなものはない……というシビアな現実が、今回のシリア難民問題を通じて、図らずも露呈してしまったとも言えるだろう。
西欧社会がそうした自らの「欺瞞」や「限界」を自覚することなく、相変わらずの「上から目線」で批判を繰り返し、その一方で人権を無視したイスラムへの差別や、排外主義を強めるなら、この先、西欧社会と中東との溝は今後、さらに深まってしまうに違いない。
だが、仮にトルコがEUにとっての「難民の防波堤」としての役割を放棄し、新たに数百万人のシリア難民たちがヨーロッパに流れ込めば、それだけでEUは「崩壊の危機」に直面しかねないということを忘れてはならないだろう。
シリア難民問題の解決には、そもそもの原因である「内戦」を終わらせ、既に流出した難民たちを保護し、将来的に彼らが故郷に帰還できるような「未来」を作ることが必要だ。そして、その実現のためには、この問題の当事者である欧米と中東が、謙虚に、お互いの立場を尊重しながら、緊密に協力してこの問題に取り組んでゆくことが不可欠である
目の前にいる、戦火に追われ、困難に直面している難民たちに、同じ人間として「私たちは何ができるのか?」――イスラムの人たちが大切にする、このシンプルな「原点」に一度、立ち返って、考えることが、そのための大きなヒントになるのではないだろうか?