国内に広がった政治不信の払拭、北朝鮮の核・ミサイル開発への対応など喫緊の課題が、国民の期待を集める新政権に突きつけられている。中でも、アメリカ、中国、日本などとの関係をどのように築いていくのか、国外では期待よりも懸念が大きい。いよいよ今週開催される米韓首脳会談を前に、韓国外交のジレンマを解説する。
「統一・外交・安保」という順序
文在寅政権が成立してから1カ月あまりが経った。支持率は8割前後と高く、大統領選挙における得票率の2倍である。それだけ朴槿恵大統領の弾劾・罷免によるリーダーシップの不在が深刻で、韓国民は機能する政府を求めているということである。そのためにはまず、内閣と大統領府の人事が滞りなく行われることが欠かせないが、国会で過半数を占める野党(自由韓国党、「国民の党」、「正しい政党」など)は対決姿勢を強めている。特に、外相の康京和(カン・ギョンファ)に対しては、「米中日露など4強との二国間外交の経験が皆無」などとして猛反発したが、文在寅大統領は任命を強行した。大統領と国会、与野党の間の「協治」という韓国政治における新しい実験は、早くも頓挫しそうである。
そうでなくても文在寅政権は、「歪んだ」朴前大統領を放逐した自分たちこそが「政治を正した」という道徳志向が強い。まして、支持率が高いと、「自分たちだけが韓国民を代表している」という錯覚に陥りやすい。実際は、国内外で制約が大きく、政策裁量には自ずと限界がともなうが、そのことをどこまで「正しく」認識しているのかが焦点である。
外相だけでなく、国防相や統一相、大統領直属の国家情報院長や国家安保室長の顔ぶれ、政府組織再編や職務分掌を見る限り、外交・安保政策は、首相が「統轄する(憲法86条2項)」はずの省庁ではなく大統領(府)が主管するという意向が鮮明である。2018年6月の統一地方選挙に合わせて国民投票が実施され、大統領の権限を弱める方向で憲法が改正される可能性が高まっているが、それまでは大統領制であることに変わりはなく、首相は「大統領を補佐(同上)」するにすぎない。「知日派」の李洛淵(イ・ナギョン)首相が(対日)外交を担うことはない。
さらに、外交・安保政策は北朝鮮政策との関連で位置づけられていると言えるかもしれない。金大中(キム・デジュン)政権(1998~2003年)の対北「太陽政策」の理論的支柱だった文正仁(ムン・ジョンイン)・延世大学教授が任命されたポストは、奇しくも、大統領「統一外交安保」特別補佐官である。「統一(北朝鮮)」が「外交安保」よりも先に来るのは盧武鉉政権も同じで、「左派」の最大の特徴である。
米韓同盟のクレジビリティ
左右対立の軸は国や時代によって異なるが、韓国では北朝鮮やアメリカなど国際関係をめぐって形成されている。北朝鮮に対して強硬姿勢で米韓同盟を重視するのが右派である半面、対北宥和姿勢で対米自立を志向するのが左派である。左派政権の再来だと、米韓同盟が弛緩するのではないかという危惧は当然、右派はもちろん、アメリカ側にもある。確かに、前回の盧武鉉政権は、イラク戦争への派兵や米韓FTA(自由貿易協定)の締結を行ったとはいえ、第2回南北首脳会談の開催や、アメリカに対する戦時作戦統制権の返還要求、それに「バランサー」論の提唱で、「海洋勢力」の一員としての自覚が問われた。同じ左派でも、金大中政権は対北宥和のためにもアメリカ(や日本)との連携を前提にしたのとは大きな違いである。それに、その間、2001年にアメリカでクリントンからブッシュ(子)へと政権交代があり、米韓間の齟齬が一層際立つようになった。同じ時期に小泉純一郎首相が対北政策で独自性を発揮できたのは、ブッシュ大統領とケミストリー(相性)が合い、個人的な信頼関係を築いていたからである。
文在寅大統領はこの6月末、トランプ大統領との米韓首脳会談に臨む。「環境アセスメント」や「国会批准」を理由にした迎撃ミサイルシステム「THAAD」配備の先延ばし、対北政策のすり合わせ、米韓FTAの「再交渉」の可能性など課題が山積だが、最大の争点は同盟国としての韓国のクレジビリティ(信頼性)である。
一般に、同盟の要諦は、脅威認識の共有と相互のコミットメントにある。THAAD配備は本来、米韓双方がコミットメントを具体的に示したものだが、一方の当事者における政権交代という事情変更によって、一方的に留保されているというのが現状である。さらに、THAADはそもそも、深刻化する北朝鮮のミサイルの脅威から在韓米軍と韓国を防衛するためのものであるのに、中国(やロシア)が反発し露骨に干渉してくると、その第三国の懸念も韓国は今や公然とカウントしている。
要は、同盟関係において「戦略的曖昧さ」は許されるのかが試されているということである。まして、相手はトランプである。好むと好まざるとにかかわらず、文在寅の韓国は「値踏み」され、「敵」か「味方」か、峻別されることになるだろう。
対北圧力の国際協調
北朝鮮の核・ミサイルの脅威がいよいよアメリカにとっても深刻化すると、トランプ政権は原子力空母を日本海に展開するなど対北圧力を強めている。ソウルや東京だけでなく、グアム(アンダーセン空軍基地)やハワイ(太平洋軍司令部)がすでに北朝鮮のミサイルの射程圏内にあり、アメリカ西海岸に届くICBM(大陸間弾道ミサイル)も実戦配備に近づいている。飛距離の延長だけでなく、北朝鮮はSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)、移動式の発射台、固体燃料方式、コールドローンチ、ロフテッド(高角度)軌道、同時発射にも相次いで成功することで、捕捉や迎撃が難しくなっている。さらに、6回目の核実験に踏み切り核弾頭の小型化・標準化が一層進めば、戦略環境は一変する。そうなる前に、「先制攻撃」も排除しないとされるものの、まだしも「外科的手術」が可能だった1994年の核危機のときでさえ、「ソウルが(ミサイル以前に砲撃で)火の海になる」として韓国が反対し、アメリカは踏みとどまった。23年が経った現在、「在日米軍をターゲットにした」ミサイルが複数、同一地点に正確に打ち込まれるなど、反撃された場合の被害は甚大で広範囲に及ぶ。
そうなると、核の第二撃能力によるものではなくても、アメリカも迂闊に手を出せない。北朝鮮に対して「圧力」は最大限かけるが、「関与」も否定しないというのが、結局、トランプ政権の方針になった。もちろん、「圧力」にプライオリティがあり、オバマ政権期のような「曖昧さ」はない。日韓はもちろん、中国に対しても、対北制裁に同調せよ、と迫っている。
こうした中、文在寅政権も、当面は対北制裁・圧力の国際協調を重視するという立場である。安倍晋三首相の特使として訪韓した自由民主党の二階俊博幹事長に対しても、慰安婦問題で対立があっても、「日米韓」の安保連携とはリンクさせない「ツートラック」路線をとると明らかにした。
そもそも、朴前政権の末期、日韓が「慰安婦」合意やGSOMIA(軍事情報包括保護協定)の締結にこぎつけたのも、安保環境(に対する認識)の変化やアメリカによる介入があったからである。その意味では、慰安婦問題と安保連携はむしろリンクしている。
「コリア・ファースト」の誘惑
「自国第一主義」が世界各国で顕著になっている。韓国の場合、半年以上に及ぶ政治空白により対外的に「コリア・パッシング(韓国素通り)」に陥った分、今後は積極的に外交に臨まなければならないという認識が、左右を問わず広く共有されている。ロフテッド(高角度)軌道
ミサイルなどを通常よりも角度を上げて射出することによってできる軌道。飛行距離が抑えられるかわりに落下速度が上がり、迎撃が難しくなる。
「バランサー」論
韓国は伝統的に「西側」「海洋勢力」の最前線に位置づけられてきたが、これからは「大陸勢力」との間で「バランサー(均衡者)」になるのだ、という盧武鉉政権による「野心的な」構想。
コールドローンチ
ミサイルなどを圧縮ガスによって発射した後、空中でロケットエンジンに点火する射出方式。初めからロケットエンジンを使う射出方式は「ホットローンチ」と呼ぶ。