例えば、開城(ケソン)工業団地の再開は、左派にとっては「閉鎖という朴前政権の過ちを正し、元に戻すだけ」「民族内取引であるため、そもそも対北制裁の例外」と当然視されるが、国際的には「ようやく揃った対北制裁の隊列から韓国だけ離脱するもの」と映る。対北制裁の実効性を高めるには、石油や石炭など戦略物資の貿易を依然として続けている中国の協力が欠かせないが、開城工業団地ではドル建ての現金が労賃という名目で事実上北朝鮮当局に流れていた。
こうした齟齬は、現時点では、顕在化していない。開城工業団地の再開も、第3回南北首脳会談の開催も、条件が整っていないと文在寅政権が「正しく」認識しているからである。同時に、その条件として核・ミサイル開発の「凍結」を挙げ、北朝鮮をそのように促すためには「圧力」一辺倒ではなく、「対話」も適宜組み合わせる必要があるという立場である。政府として乗り出したわけではないが、民間による交流・協力事業はすでに何件か許可している。
こうした組み合わせによる対応は、原則としては、韓国だけ突出しているわけではない。アメリカも「最大限の圧力と関与」であるし、日本も本来「対話と圧力」の順である。重要なことは、局面に応じた配合比率について日米韓で政策協議を徹底し、互いに透明性と了承を確保することである。金大中政権の「太陽政策」が日米に警戒されず、むしろ第1回南北首脳会談がほとんど米朝首脳会談につながるところだったのは、このためである。
文在寅を見極めよ
このように、文在寅の韓国外交には、国際協調と「コリア・ファースト」という二つの相反する要素がある。左派だから「親北」「反米」だ、すでに「赤い韓国」になっている、と断定することは、現状分析としても妥当ではないし、それこそ国際協調の可能性を閉ざすことになりかねない。7月のG20や日中韓首脳会談に合わせて日(米)韓首脳会談を開催し、安倍首相が直接、文大統領に国際協調の重要性を認識させるチャンスは十分にある。「したいこと」「するべきこと」「できること」について、国内外の期待と制約にズレがある中で、実際に「すること」のプライオリティ(優先順位)をつけるのがリーダーの責務である。例えば、2009年の衆議院議員選挙に際して、民主党(当時)は「沖縄・普天間基地の県外移転」を掲げたが、政権交代後は「辺野古への県内移転」という自公政権期の日米合意に従った。当然、支持層から反発があり、連立与党だった社民党が政権を離脱し、鳩山由紀夫首相は辞任するという政治的コストが生じた。政権交代とは別に、国家として「してきたこと」はそれだけ重いということである。
安倍首相も、政権に返り咲いて以降、この狭間で「地球儀を俯瞰する外交」を展開してきた。当初、河野談話の検証や靖国神社の参拝などを優先させたため、「リビジョニスト(歴史修正主義者)」ではないかと疑われたが、戦後70年談話では「戦後国際秩序(戦後レジーム)の守護者になる」と明らかにし、その疑いを払拭した。個人的な心情を重視するあまり、結果がともなわなかった第一次政権の失敗から教訓を得ていたのである。
文在寅政権の成立は、1987年の民主化以降、3回目の政権交代によるものである。左派としては2回目で、前回の経験から何を学び、野党だった時期にどのように準備してきたのかによって、「政権・与党」のパフォーマンスが左右される。まして、「盧武鉉パート2」と形容、もっというと危惧されるくらい人的構成が重なっており、「再チャレンジ」に等しい。
文在寅は大統領選挙において「準備のできた大統領」を強調したが、今まさに、その真価が問われている。そういえば、朴槿恵前大統領も就任前、全く同じように自負していたが、韓国憲政史上初めて罷免され、収賄罪など刑事責任も問われる結果になった。「私たちだけは違う」という傾向が強くなっているのが気になるところである。
ロフテッド(高角度)軌道
ミサイルなどを通常よりも角度を上げて射出することによってできる軌道。飛行距離が抑えられるかわりに落下速度が上がり、迎撃が難しくなる。
「バランサー」論
韓国は伝統的に「西側」「海洋勢力」の最前線に位置づけられてきたが、これからは「大陸勢力」との間で「バランサー(均衡者)」になるのだ、という盧武鉉政権による「野心的な」構想。
コールドローンチ
ミサイルなどを圧縮ガスによって発射した後、空中でロケットエンジンに点火する射出方式。初めからロケットエンジンを使う射出方式は「ホットローンチ」と呼ぶ。