メディアについても管理が強化された。2016年2月には習近平が人民日報社・新華社・国営放送CCTVなどを訪問して、「媒体姓党」(メディアの姓は党である[=メディアは本質的に党に従属する])と発言。かつて盛んに当局批判をおこなっていた中国国内の各メディアは、党の強力な「指導」を受け入れるようになり、急速に力を失っている。
結果、中国のネット世論やメディアは萎縮し、往年のような体制批判はほとんど見られなくなった。2015年6月に死者400人以上が出た長江でのフェリー沈没事故や、同年8月に天津で発生した大爆発事故の際に、世論があまり盛り上がらなかったことは、明らかに習近平体制になってからの中国の変化を示すものだったと言ってよい。
ネット統制・メディア統制と並行して進んでいるユニークな現象が、政権による独特のポピュリズムだ。例えば、一時期は習近平のネットスラング風のあだ名(「習大大[=習おじさん]」)が公的に宣伝されたり、ネット上の動画サイトに習近平を礼賛するアニメ動画や楽曲がアップロードされたりと、習近平政権下ではネット世論の性質を逆手に取るような宣伝政策が目立っている。
またメディアにしても、スマートフォンへのニュース配信に特化した「澎湃新聞」のような、娯楽性と政治性を併せ持った複数の親体制的な大手ウェブニュースメディアが当局の肝煎りによって新たに作られ、庶民に大きな影響を与えている。
反腐敗運動と個人崇拝
習近平政権を特徴づけるのが、党幹部に対する強烈な反腐敗運動だ。政権第1期の5年間で200万人以上の党幹部がなんらかの処分を受け、なかには前政権での政法部門のトップだった周永康、軍制服組のトップだった郭伯雄や徐才厚、次世代の総理候補と目されていた孫政才など、高官までもが失脚の憂き目に遭った。周永康のような党常務委員経験者については、従来は党内規律違反による摘発や刑事訴追がおこなわれない不文律が存在していたとされるが、そのタブーをあえて踏み越えた習近平政権の特殊性は際立つ。
中国では江沢民・胡錦濤時代に腐敗が進行し、庶民の怨嗟の的となっていた。反腐敗運動は国民的な支持を得やすい政策なので、党内の引き締めという意味の他に、一種のポピュリズムの側面も持つと見られる。
腐敗幹部たちが地位を失った後、習近平派の幹部がそのポストを襲う形で出世する例も多く、反腐敗運動は習近平による自派の官僚団へのポストのばら撒き政策としての側面も有している。なお、習近平派の官僚たちの多くは習近平の過去の地方勤務時代の部下や、習近平及び父の習仲勲と過去に縁があった人物で占められる。こうした官僚は、習近平がかつて浙江省の書記を務めていた時代に地元紙に連載していたコラム「之江新語」から名前を取って「之江新軍(しこうしんぐん)」と呼ばれている。
他に個人崇拝の復活も特徴的だ。中国では文化大革命時代の極端な毛沢東崇拝への反省から、1970年代末からは鄧小平のもとで個人崇拝の忌避や集団指導体制が打ち出されてきたのだが、習近平はそのタブーを破った形となっている。
プロパガンダポスターなどに、習近平(および妻の彭麗媛)の肖像や名前がしばしば大きく取り上げられ、また習近平個人を礼賛する楽曲も登場している。はなはだしくは、習近平の顔が大きくプリントされた置物用の景徳鎮の皿なども、党員の研修先に指定されやすい革命聖地の売店などではよく売られている。こうした現象は前任の胡錦濤時代まではほぼ見られなかったものだ。習近平の書籍や語録が大量に出版されていることも興味深い。
2018年の改憲では、ついに憲法の中に「習近平新時代中国特色社会主義思想」なる、習近平個人の名前を冠したイデオロギーが国家の指導思想として明記されるに至った。中国の憲法のなかで、過去に個人名を冠したイデオロギーが含められた例は毛沢東(毛沢東思想)と鄧小平(鄧小平理論)だけであり、習近平はこうした過去のストロングマンに並ぶ場所に押し上げられたとも言えるのだ。
庶民的人気を広く集めている習近平
こうした習近平政権の一連の政策に対して、リベラルな知識人層や在外民主派中国人の反発や忌避感は強い。だがいっぽう、現地で覚える強い肌感覚として、都市部の低所得層住民やブルーカラー層、農村部の住民を中心に、習近平の庶民人気は極めて高い。中国では近年まれに見る「愛される指導者」となっていることも事実だ。
その最大の要因は腐敗摘発である。政策の背景に権力闘争やポピュリズムが存在しているとしても、私腹を肥やして特権的な生活を享受していた「貪官」(腐敗官僚)の失脚は庶民の溜飲を下げるものに他ならない。党員としての規律違反を理由とした拘束行為は、事実上は法的根拠を持たない逮捕・投獄で、法治や人権擁護の見地からは極めて問題が多い行為だが、この点を問題視する庶民の意見はほとんど聞かれない。
また、ネット世論における批判的言説の抑制と情報のコントロールも、結果的に習近平に対する好感を庶民に刷り込む一助となっている。中国は都市部のスマートフォン普及率が9割(全国民レベルでも6割)を超えるスマホ大国であり、庶民は普段からスマホで情報を収集している。スマホ時代に特化したプロパガンダ策を採り続ける習近平政権の方針は成果を上げている。
加えて習近平への個人崇拝についても、外国人として傍目から見て懸念するほどには、中国人自身の間では問題視されていない。そもそも中華圏では企業組織などが家父長的なワンマン経営者のもとで運営される例が非常に多く、他国と比較しても、中国の人々は社会生活において独裁的な組織に慣れがちな傾向がある。知識人層を除けば、「独裁」や「個人崇拝」自体を問題視する意識は庶民層においては決して高くない。
往年、中華人民共和国の建国の際に毛沢東が成功した要因は、農民に代表される庶民の人気を取り込んだからだった。鄧小平による改革開放政策の開始以来、こうした庶民層はながらく社会の周縁に追いやられてきたが、1950年代生まれの紅衛兵世代である習近平は、中国では久しぶりに、インテリよりも庶民からの人気の獲得に力を入れる指導者となっている。習近平が異例の独裁化に踏み切っている背景にも、こうした庶民層の支持がある。