このリストによると、17年に純拠出金として支払った金額が最も多かったのはドイツ(106億7500万ユーロ=1兆3878億円・1ユーロ=130円換算)。純拠出金の対GDP比率を比べると、ドイツはGDPの0.32%をEUに払い込んでいる。
逆に農業など第一次産業への依存度が大きいポーランドは、EUから供与される額の方が、EUに払う額を上回るので黒字となっている。ポーランドはGDPの1.92%にあたる額をEUから受け取っている。同国がEUから受け取っている還元額は、加盟国の中で最大である。つまりポーランド政権はEUから莫大な資金援助を受けながら、EUと対立しているわけだ。
18年11月にワルシャワで会ったポーランド人の企業家は、「PiSがコントロールする放送局では、EUについて批判的な報道が多い。ポーランドは、将来EUからの資金援助が不要になったら、EUを離脱して独自の道を歩もうとするのではないか」と語っていた。
ハンガリー政府の反EUキャンペーン
東欧民主化の際に大きな役割を果たしたハンガリーでも、右派ポピュリストが政権を握った。ハンガリー市民同盟(フィデス)のヴィクトル・オルバン党首だ。彼は学生時代から民主化をめざす政治活動に熱心で、社会主義時代のハンガリーからのソ連軍の撤退を求める演説を行ったこともある。オルバンは1998年から2002年まで首相を務めた後、2010年以降も再び首相の地位にある。
彼は欧州諸国にシリアからの難民を配分するEUの規定に強く反対するなどして年々EUとの対決姿勢を強めているほか、その発言には反ユダヤ的なトーンも表れている。
19年の2月にオルバンは、1枚のポスターによって反EUキャンペーンを一挙にエスカレートさせた。そのポスターには、EUのジャン・クロード・ユンケル委員長とハンガリー出身で米国在住の富豪ジョージ・ソロスが笑っている写真が使われている。その下には大きな字で「あなたはブリュッセルの意図を知る権利がある」と書かれている。ポスターの下部には小さな字で「彼らはEU加盟国に、難民の受け入れ比率を強制しようとしている。彼らは加盟国が国境を守る権利を弱めようとしている。彼らは移民ビザの導入によって、移民を容易にしようとしている」とあった。
オルバンは、ユダヤ人の富豪ソロスが、EUとともに欧州への移民や難民の受け入れ数を増やすことによって、キリスト教的な価値観に基づく伝統的な欧州の文化を弱体化させようとしていると主張してきた。国際的なユダヤ人の資本家が、国家を脅かしているというのは、ナチスの時代から右翼勢力がしばしば使ってきた「陰謀論」である。
19年5月の欧州議会選挙を前に、オルバンは政府の予算でこのポスターを国内のあちこちに掲示することで、EUとの対決姿勢を一段と鮮明にした。彼は国営放送局によるインタビューの中で「現在の欧州委員会(EU政府に相当)の過半数は、欧州への移民を増やそうとしている。このことは、欧州が欧州人のものでなくなることを意味している。私がポスターによるキャンペーンを始めた理由は、ブリュッセルのそうした意図を暴露するためだ」と語っている。(※4)
オルバンが18年7月に語った次の言葉には、彼の右派ポピュリスト的な性格がはっきり表れている。「現在欧州では、人口の入れ替えが行われている。その理由の一つは、ソロスのような投機家が沢山お金を稼げるようにすることだ。彼らは多額の収益を上げられるように、欧州を破壊しようとしている。さらに彼らはイデオロギーに基づく動機も持っている。つまり彼らは欧州を多文化地域にしようとしている。彼らは欧州のキリスト教の伝統やキリスト教徒がきらいなのだ」。
「人口の入れ替え」という言葉は、欧州以外の地域からイスラム教徒などを受け入れることによって、欧州のキリスト教との比率を下げることを意味しており、反イスラム勢力や極右勢力が好んで使う表現だ。(※5)
EUの報道官は「ハンガリーで行われているキャンペーンはフェイクニュースだ。滑稽な陰謀論がこのような形で流布されることは信じがたいことだ」とオルバン政権を強く批判。またユンケル委員長も、「私とオルバン首相の間には、もはや共通の理解はない。ハンガリーの政権党フィデスは、欧州のキリスト教に基づく民主主義とは相容れない」と反発した。
フィデスはドイツのキリスト教民主同盟(CDU)など伝統的な保守政党が、欧州議会の中で形成している会派・欧州人民党(EPP)に属していたが、ユンケルはこの会派からフィデスを脱退させるよう要求した。これを受けて、EPPは19年3月にフィデスの同会派への加盟資格を凍結する処分を行った。
確かにオルバンの右旋回は近年激しさを増している。たとえば彼は17年6月に、1922年から44年までハンガリー帝国の摂政だったミクローシュ・ホルティについて「偉大な政治家だった」と肯定的な発言を行った。第二次世界大戦中にハンガリーはナチスドイツと協力した。ホルティが摂政として事実上の国家元首だった時代に、ハンガリーの傀儡政権は約60万人のユダヤ人を強制収容所に送った。これまでハンガリーを含む欧州では、ホルティはナチスの事実上の支持者と見られてきた。このためハンガリーでホルティを肯定的に評価することはこれまでタブーとされてきた。オルバンはこの禁忌を堂々と破ることで、ハンガリーの極右勢力の間に支持者を増やそうとしているのだ。
オルバンは、2015年に極右政党同様に死刑の復活を提案したこともある。EU加盟国では死刑は禁止されている。彼は他のEU加盟国からの激しい反発を受け、この提案を取り下げた。
報道の自由を規制
オルバン政権は、21世紀に入って新しい法律を導入して報道機関の規制を始めた。彼は2010年に議会で可決された新メディア法に基づきメディア監督官庁を統合して、「メディア・ニュース報道に関する国家管理庁(NMHH)」という監督官庁を創設。テレビ、ラジオ、ネットマガジンなどの報道機関への統制を強化した。政府は憲法改正によって2011年以降NMHHに対して強大な権限を与えた。たとえば公共のテレビ局、ラジオ局、通信社は統合されてNMHHの管理下に置かれたほか、ジャーナリストが情報源保護を理由に当局に対する証言を拒否する権利を廃止した。またNMHHが「政治的にバランスを欠いている」とか「国家の安全保障を脅かす」と判断した報道については、メディアに対し高額の罰金を科すことができるようになった。