「東欧革命から30年。ポピュリスト台頭で今日も続く東西間の『政治的分断』~②現在の『強いロシア』はソ連崩壊後の屈辱の裏返し」からの続き。共産主義、社会主義を否定し、民主化を求めてソ連からの独立を果たした東欧諸国。西側諸国も彼らを歓呼の声で迎え入れた。ところが欧州の変化はハッピーエンドにはならなかった。現在のEUを悩ませる深刻な分断とは。
ポーランド政府が司法の独立の制限を試みた
さて民主主義を求めてソ連の軛から逃れた東欧諸国の一部の国々では、21世紀になってから右派ポピュリストの政治家や政党が政権に就き、EUと対立している。これは1990年代に西欧諸国が予想もしていなかった事態である。
たとえば東欧革命の先鞭をつけたポーランドでは、右派ポピュリストのヤロスワフ・カチンスキが率いる政党「法と正義(PiS)」が2005年から2年間にわたり連立政権に参加した。さらに同党は15年の総選挙では単独で過半数を確保し、政権を握った。同党は下院(セイム)だけではなく上院(セナート)でも議席の過半数を持っている。
この政党は、民主主義社会の基盤である司法の独立や報道の自由を露骨に制限しようとしてきた。これはEUの基本原則に反する行為である。
たとえばPiSは、15年11月から翌年12月までの間に6つの法律をセイムで可決させて、司法制度の改革を目指した。その主な標的は憲法裁判所だった。政府は違憲問題を審議する憲法裁判所の判決には絶対に従わなくてはならないので、PiSにとって憲法裁判所は目の上の瘤だった。
この司法制度改革の狙いは、憲法裁判所の裁判長の判事への降格や、判事の任期の短縮によって政府に批判的な判事を減らすことだった。
また18年7月に施行された法律は、最高裁判所の判事が定年退職しなくてはならない年齢を70歳から65歳に引き下げた。この法律によって、最高裁の72人の判事の内20人以上が強制的に引退させられた。
18年9月にEUは「この法律は司法の独立を保障したEU法に違反する」としてポーランド政府をEU司法裁判所に提訴した。EU司法裁判所は同年10月に、問題の法律がEU法に抵触すると認定。ポーランド政府はしぶしぶこの決定に従い、判事たちを復職させた。
またセイムは15年12月に公共放送法の改正法案を可決し、公共放送局の幹部の任命権をまず国有財産省に、次いで2016年7月以降は国営メディア協議会に移すことを決めた。国営メディア協議会の5人のメンバーの内3人はPiSの党員である。
この改革については、ポーランドの野党だけではなく「国境なき記者団」などの外国のNGOからも厳しく批判された。欧州ジャーナリズム監視機構(EJO)は、「ポーランドでは15年の公共放送法改正以来、公共放送局で働いていた136人のジャーナリストが解雇され、政府に好意的な報道を行う記者が採用された。さらに71人のジャーナリストが辞職した」と伝えている。(注1)
国境なき記者団は「この放送法は、ポーランドの報道機関の独立性を脅かす」と指摘。13年の報道に関する自由度ランキングではポーランドは22位だったが、17年には54位に急落した。
PiSのヤロスワフ・カチンスキ党首は、1980年代に弟のレフとともに自主管理労組連帯に所属し、共産党の一党独裁に抵抗した。(レフは2005年から2010年までポーランドの大統領だったが、2010年4月に政府専用機が墜落して死亡している)
ヤロスワフは、シリアなどからの難民受け入れについて、難民が疫病や寄生虫をポーランドに持ち込む可能性があるとして消極的な態度を表明した他、19年4月25日にはカトリック教会の会合で「同性愛者や子どもに対する性教育は、ポーランド人のアイデンティティや国家を脅かす」と発言している。(※2)
難民や同性愛者に対する差別的な発言は、カチンスキの右派ポピュリスト的な性格を浮き彫りにしている。これらは、性別や人種、民族、思想、性的指向などに基づく差別を禁止するEU法の精神にも抵触するものだ。またカチンスキは隣国ドイツのメルケル政権に対しても批判的で、17年にはドイツに対して第二次世界大戦中の残虐行為や破壊行為について、補償金の支払いを求める方針を明らかにしたことがある。(※3)
EUは、17年12月に、「ポーランドが司法改革などによってEUの基本条約であるリスボン条約に違反している疑いがある」として、調査を開始している。ポーランドが条約に違反していると認定され、違法状態を直ちに是正しない場合には、EUはポーランドの欧州理事会などでの議決権を剥奪するなどの厳しい措置を取ることができる。
EUに大きく依存するポーランド
ポーランド政府やPiSはEUが重視する司法の独立や報道の自由を制限する一方で、EUの資金には大きく依存している。EU加盟国はEUに拠出金を払うだけではなく、EUから様々な資金援助つまり「見返り」も受ける。加盟国がEUに払う拠出金と、EUから受け取る補助金などの差額を、純拠出金と呼ぶ。
EUの純拠出金リストを見てみよう。交通インフラの整備が遅れており、農業への依存度が高い国ほど、EUから多額の補助金を受け取る。このためEU内のいわば「発展途上国」は拠出金よりも受け取る額が多いので差し引き額が黒字(入超)となる。逆に交通インフラの整備が比較的進んでおり、農業依存度が低い「先進工業国」は赤字(出超)となる。