名もなき学生やコミュニティ・リーダーたちがインスタグラムで日時と場所だけをシェアし、同時多発的に複数の場所で連日、デモを主導する。そこには、人種差別反対デモというと必ず出てくる著名な人権活動家や黒人政治家の姿はない。段ボールの切れ端に書いた手書きのメッセージを掲げ、お互いを「アライ」(同志)と呼び、デモの会場では、自主的に水や食料、マスクなどを無料で配布していた。リーダーによる統制や組織への従属ではなく、それぞれが個性的であろうとしながら、多様性を尊重して行動するのがZ世代の特徴だ。
Z世代は、新型コロナ禍の隔離政策によって教育が中断され、雇用機会を奪われて、今回の危機の最も大きな影響を受ける世代だろうと言われている。#BLMは、そんな彼らのフラストレーションが原動力となったのだろう。生まれた時からスマートフォンやソーシャルメディアがある環境で育った「デジタル・ネイティブ」。世界中の情報に瞬時にアクセスし、国境を超えて仲間をつくって意見交換をし、結束する。社会問題への意識が高く、不平等や不正に対して、最も敏感な世代でもある。2019年、国連気候行動サミットで、地球温暖化に本気で取り組もうとしない大人たちを叱り飛ばして、一躍時の人となったスウェーデンの高校生、グレタ・トゥンベリーさんが、まさにこの世代だ。
独立調査機関ピュー研究所の調査によると、徹底した社会正義を追求するZ世代の70%は社会問題の解決を政府に求めているという結果が出ている。つまり、アメリカのどの世代よりも「大きな政府」を支持しているということだ。
そんなZ世代が今回の大統領選挙で熱狂的に支持したのが、公立大学の授業料の無料化を唱え、自らを「民主社会主義者」と公言する急進左派のバーニー・サンダース上院議員だった。共和党の世論調査専門家フランク・ルンツが2020年2月に行った調査によると、Z世代の45%がサンダース氏を支持し、最も人道にかなっている政治システムとして、58%が社会主義を選び、資本主義の33%を大きく上回った。結果として、バイデン氏は民主党候補を絞り込む予備選で、サンダース氏に予想以上の大苦戦を強いられた。
今回の大統領選挙で初めてか2度目の投票を経験するZ世代は現在、アメリカの有権者全体の10%を占め、「投票する世代」とも言われている。#BLMのデモで、投票を呼びかける若者の姿も目にした。若者の投票率は低いと言われてきたなかで、今回の18〜29歳の投票率は、戦後最高の53%にものぼり大きな影響力を示した。ペンシルベニア、アリゾナ、ジョージアなどの激戦州では、Z世代の投票がバイデン勝利に貢献したとアメリカの3大ネットワークは報じた。
アメリカはどこへ向かうのか
11月7日、バイデン当確が決まった時のことは忘れられない。土曜日の正午前、私はちょうど買い物で外へ出ていた。通りに人が溢れはじめ、車はクラクションを鳴らし、それに合わせてあがる歓声。星条旗を振る人、シャンパンのボトルをあける人、音楽をかけて踊る人……まるでナチスの抑圧から解放されたパリ市民のような喜びが、ニューヨークの町を包み、その興奮は、1日中続いた。
パンデミックという非常事態、偽情報で有権者を扇動する現職大統領、そして120年来で最高の投票率という異例づくしの大統領選挙にやっと決着がついた。その日の夜、勝利宣言の演説でバイデンは言った。「分断ではなく、団結を目指す大統領になると誓う」と。そしてトランプに投票した有権者に呼びかけた。「今落胆しているかもしれないが、辛辣な言葉の応酬はやめて、お互いを見つめ、お互いの言葉に耳を傾けよう」。
女性で、ジャマイカ系黒人の父とインド出身の母を親にもつ移民の二世、褐色の肌のカマラ・ハリスが、副大統領に選ばれたのは、黒人のオバマが大統領に当選した時と同じくらいアメリカの歴史の転換点を感じさせた。ハリスは当確演説で「私が最後ではなく、始まりです」と目を輝かせ、同じく「融和」を訴えた。
バイデン陣営は「アメリカ史上最も多様性のある政権を目指す」との公言通り、LGBTQや、先住民、女性を次々と政府の要職に指名。広報の幹部7名は、すべて女性だ。ミレニアルやZ世代のリベラル急進派の声が生かされた、新しいアメリカ政府の姿が見える。新政権誕生で、分断したアメリカが癒やされる時がきたのではないかと、期待が高まった。
ところが、年明けまもない1月6日、トランプサポーターが議会議事堂を占拠して空気は一転した。未明には、ジョージア州上院議員の決戦投票の開票結果が出て、民主党が上下両院とも支配政党になることが決定したところだった。事件からわずか1週間後には、強気になった民主党が、トランプ大統領の2度目の弾劾決議案を急いで可決するという強硬手段に出た。政治的な意思表明に実際的な効果はないが、「団結」「融和」という言葉は、あっという間に蒸発してしまった。
私が気になるのは、バイデン政権が、トランプという屈強なリーダーを失った支援者たちの感情を、これからどう汲み取り、向きあっていくのか、ということだ。