しかし、ミャンマー国民の民意と軍の認識が乖離しており、軍上層部はまさかここまで大敗するとは思っていなかったのかもしれません。多くの市民がNLDを支持していることは、市井の声を聞けば明らかなのですが、そうした都合の悪い情報は軍上層部にまで上がっていかなかったのでしょう。元々、ミャンマーでは、軍関係者と一般市民の間に距離があり、『軍はそれ自体が別の民族』と言われるほどです。軍関係者は基地や特定のエリアに集中して住んでいますし、軍関係者同士で結婚するなど、血縁関係も濃いのです。そうした一般市民との距離があった故に、軍関係メディアのプロパガンダ報道が主張する『選挙不正』を軍関係者たちが本気で信じてしまっているという状況もあるのかもしれません」
非暴力抵抗運動からゲリラ戦へ移行しつつある
軍の横暴を許さないミャンマーの人々は抵抗を続けている。その中核となっているのがCDM(市民不服従運動)だ。
「ミャンマーのCDMは、人々が職場に行くことを拒むことで、政府機能を麻痺させるというものです。実際、医師や教師、外務省の職員、鉄道職員や銀行員が業務を行わないことで、軍も非常に苦慮しています。特に銀行で現金を引き出せないのは大変です。銀行でのCDMが始まってから、ミャンマーのATMにはいつも長蛇の列ができています。軍以外の一般市民にとっても不便な状況ですが、人々はお互いに助け合ってしのいでいるのです」
つまり、CDMは非暴力で軍にダメージを与えつつ、軍の統治能力の無さを内外に示すものでもあるというわけだ。北角さんは「軍側にしてみれば、当初の目論見が大きく外れたかたちでしょう」と指摘する。
「アウンサンスーチーさんら民主化勢力より自分たちのほうが上手くミャンマーを治めることができる、ちょっと武力で脅せば、民主化運動など潰すことができると考えていたのでしょう。ところが、軍が民主化への道を否定したことで、それまで特に活動家ではなかったような人々が次々に民主化運動へ参加するようになったのです。
例えば、僕の行きつけの床屋のお兄ちゃん。以前は、スマホばっかりいじっていて今風のミャンマーの若者という感じだったのですが、いつの間にか(民主化勢力が築いた)バリケードの前で演説するようになっていました。顔つきも日に日に精悍になっていき『あの子、本当にあの床屋のお兄ちゃん?』と見違えるほどでした。現地で見ていると活動家と一般の人々の差が曖昧なんです。民主化運動家を住民たちがかくまったり、軍や警察の襲撃に備えて見張りをしたりと、誰もがお互いに助け合っていました」
民主化勢力は自分たちで政府をつくり、より正当性のあるものとして内外の支持を集めようとしている。それがNUG(国民統一政府)だ。NUGには、NLDをその中心としながら少数民族の代表らも閣僚入りしている。135もの民族を有する超多民族国家でありながら最大民族ビルマ族中心であったこれまでのミャンマーの政治勢力とは、大きく異なることが特徴だ。
「NUGは(迫害されてきたイスラム系少数勢力)ロヒンギャに市民権を与え、少数民族に自治権を保障する連邦制民主主義を目指すなど、その政策はミャンマーの政治を根本的に変えるものです。ミャンマーの人々も支持しており、NUGには政府としての正当性があるでしょう」
ミャンマーでは、1948年の独立以来、カレン族やシャン族などの少数民族と、ミャンマー中央政府との断続的な内戦が現在まで続いている。少数民族に自治権を保障するNUGの政策は、長年にわたって続いてきた内戦を終結させることができるだろう。だが一方で、軍にはとても容認できないものでもある。
「民主化勢力は当初、徹底的な非暴力の抗議を続けてきたのですが、クーデター後の軍の支配が長期化し、国際社会の介入も不十分な中で、武器を手にしての武装闘争を始める人々も出てきました。ただ、手製の銃や爆薬などの装備で約40万の兵員と戦車や攻撃ヘリなどの兵器を擁する軍を倒すことは不可能ですので、ゲリラ戦というかたちになります。軍側も拠点地域を村ごと焼き討ちするなど、徹底的にゲリラ掃討を行っています。これまで、地方の少数民族の勢力圏で行われてきたことが、ビルマ民族が多い都市部でも行われるようになってきているのです」
ミャンマーの民主化のために果たすべき日本の役割
ミャンマーの民主化と内戦激化の回避のためにはどうしたらよいのか。北角さんは「日本のできることは大きい」と強調する。2011年の民政移管開始後、日本はミャンマーへ1兆円ものODAや経済協力を投じてきた。
「日本政府がミャンマーに行ってきた支援は、すべて民主化を進めることが前提だったのです。日本の民間企業も、現地への投資を行ってきました。それらが今回のクーデターで吹っ飛んでしまった。日本側はミャンマーの軍に『責任取れ!』ともっと怒るべきだと思います」
クーデター発生後も、日本政府は進行中の対ミャンマーODA事業は継続するなど、手ぬるい対応が目立つ。その理由として度々主張されるのが、”もし日本がミャンマーの軍に厳しい態度を取れば、軍の後ろ盾である中国のミャンマーへの影響力がますます増すことになる”というものだ。だが、北角さんは「ミャンマーの人々も軍も、中国に依存しすぎることに警戒感があり、だからこそ日本が重要な役割を果たせる」と言う。
「金にものを言わせてチーク材を買い漁って、山々をまる裸にしたり、バナナのプランテーションによる環境破壊を引き起こすなどの中国企業の振る舞いにミャンマーの人々は憤っています。また、軍も中国からの支援を受けつつも『本当に味方なのか?』と疑っています。それは、カチン族やワ族などの少数民族の武装勢力も、中国から支援を受けているからです。