現代中華圏を取材する紀実作家の安田峰俊さんと、『南北朝時代――五胡十六国から隋の統一まで』(中公新書)の著者会田大輔さんが、安田さんの新著『民族がわかれば中国がわかる 帝国化する大国の実像』(中公新書ラクレ)を手がかりに語り合う。古代から通底する中国の独特な民族観を掘り下げることで見えてくる、習近平の民族政策の狙いとは?
対談する安田峰俊さん(左)と会田大輔さん(右)
民族を理解することで、中国の「地域」感がわかる
会田 安田さんの新著『民族がわかれば中国がわかる』、とても面白かったです。私は、中国の南北朝時代(439~589年)の研究をしているので、現代の中国情勢については初めて知る話もたくさんありました。偽チベット僧に騙される漢族の話とか、チベットを研究してる人はそういう話題は取り上げませんので……。
安田 カルマパ17世(チベット仏教の活仏)の隠し子の話とかもですね。もちろん、研究者の間ではこれらの事情も「常識」のはずですが、学術的な著作では表立って言及しづらい話題ですし……。
会田 チベット族やウイグル族のようにニュースで話題になる民族だけではなくて、満族とか朝鮮族、チワン族、ナシ族など、日本ではあまり注目されていない少数民族についても紹介されていますね。
安田 彼らの場合、中国では「少数民族」とはいえ、たとえばチワン族は2000万人近くいる。オランダの人口よりも多いわけです。いっぽう、中国における「民族」の定義はかなり恣意的です。中国にはいま56の民族がいることになっていて、50年代~80年代まで政府主導で行われた民族識別工作によって各民族が分けられているのですが、この政策はある意味、当局が漢族以外の中国国民を統治するうえでの、識別管理のコードみたいな側面があった。なので、実はかなりいい加減なんです。人々の「自分は何ものか」という自己認識と、当局が設定した「〇〇族」が一致していない例も多い。
会田 それぞれの民族がなぜその地域に生きているのか。安田さんの本でも各民族の歴史を掘り下げていて、各民族に複雑な経緯があることがよくわかります。
安田 日本ではどうしても「中国」と、ひとまとめにして語られがちなのですが、中国の領域はヨーロッパがすっぽり入ってしまうくらい大きい。現在、その地理的範囲が中華人民共和国というひとつの国によって統治されているわけですが、歴史的経緯次第ではヨーロッパみたいにいろいろな国に分かれていてもおかしくなかったわけです。なので、中国の人口の約91%を占める漢族についても、各地域や方言圏による違いがかなり大きい。本来はドイツ人とフランス人、イタリア人ぐらい違ってもおかしくないような人たちが、中国ではひとまず「漢族」という言葉でくくられているわけです。そしてさらに、漢族ではない「少数民族」とされる人たちがいるという。
安田峰俊さんの『民族がわかれば中国がわかる 帝国化する大国の実像』と会田大輔さんの『南北朝時代――五胡十六国から隋の統一まで』
会田 漢族は、歴史的にさまざまな民族が混ざり合ってきましたからね。各地域で、血縁や地縁、文化が核になって集団がつくられ、それが現在にも続いています。
安田 中国では、そうした地縁による信頼関係が日本よりもかなり濃厚ですよね。
会田 日本より中国の方が人の移動が激しかったからだと思います。中国では、流動性が高くて、誰が信用できるかわからない。だからこそ、「故郷の繋がり」が頼りになるんですよね。移動した先でも、地縁や血縁による人的ネットワークが非常に大事にされます。