徐 今、韓国の中では、進歩派と保守派の陣営対立が激しすぎて公論の場というのがありません。ただ、現在の統一部長官の鄭東泳(チョン・ドンヨン)は朝鮮戦争休戦協定の日(1953年7月27日)に生まれ、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権時代にも同長官を務めた人物なんです。彼は、自分の任期中に2国家関係を進めたいという強い思いを持っています。冒頭で紹介した韓国の世論調査でも、7割ぐらいが2国家でいいと言っている。あとは政治家の力量次第と見ることもできます。

平壌で北朝鮮の金正日総書記(右)と会談する韓国の鄭東泳統一部長官(左側中央)。(2005年6月17日)
南北関係とメディアの陣営対立
西岡 韓国内で議論を活発化するためにも、北朝鮮についての関心が高まる必要がありますが、近年は北朝鮮についての報道も減っているようですね。
石丸 コロナ前後から、急速に韓国で関心が薄くなりました。マスメディアも、まともに北朝鮮取材をしなくなりましたね。今の韓国メディアの体たらくの理由は二つあると思います。一つは、財政的な弱体化。紙の新聞は街なかでまったく見かけません。完全無料のネット記事のクリック数で稼ぐ収益構造が強まり、「こたつ記事」でちょっとうけ狙いの見出しをつければいい。大手の記者でも1日に何本もノルマがあって、取材している時間もお金もありません。
徐 国家情報院が国会を通じて最新の動向を月1ぐらいでブリーフィングするんですけど、メディアが独自取材をしていないから当局発表とは違うことを書けないんですよ。北と同様、南も今、当局発表しか出なくなっていて、南北政府のプロパガンダ合戦みたいになってしまっています。
石丸 もう一つはメディアの「南北関係への忖度(そんたく)」だと思います。90年代には北朝鮮問題に関して、ものすごくガッツのある記者がマスメディアにもたくさんいて、中国で捕まったりしながら取材を続けていた。だけど、南北協議が進んだ盧武鉉政権あたりから、突っ込んだ取材をあんまりやらなくなったように思います。「北朝鮮の暗部を暴露するのは良くない」という雰囲気が生まれたように思います。メディアが「南北関係に忖度」、つまり金正日政権を刺激しないように気を使うあまり、死角に光を当てようというジャーナリズムが当たり前にすべき取材が減り、それが後輩に引き継がれて習い性になってしまったのではないか。
徐 韓国の北朝鮮ジャーナリズムというのは、保守と進歩の陣営論にがんじがらめになってしまっています。保守陣営は常に北朝鮮を批判して、進歩陣営はなんとか対話の糸口を見つけようとする。そしてお互いがその脈絡で批判するわけです。だから、北朝鮮に関するどんな話も、批判的なのか融和的なのかというところで止まってしまう。

在日コリアンとして
西岡 徐さんの視点というのは、韓国で生まれ育った韓国人ジャーナリストじゃなくて、群馬県の高崎で生まれた在日3世として韓国を見ている独特の「距離感」があると思います。
徐 在日というのは、韓国内の陣営論からは離れたところにいるので、韓国にはない視点を持てるし、北朝鮮とのネットワークを持つ人もいます。李在明(イ・ジェミョン)政権の残り4年間でいい方向に行くように、日本のコリアンやまた世界700万人の在外コリアンたちが公論の場をつくり、韓国内の陣営対立で硬直化した状況を打開していくというのが大事だなと思っています。
西岡 金正恩が、「韓国とは同じ民族ではないし、統一はしない」と言っていることに対して、日本国内の朝鮮総連の関係者は、どのような受け止め方をしているんでしょうか?
石丸 朝鮮総連の機関紙「朝鮮新報」ウェブ版のロゴには、朝鮮半島の地図があったんですけど、消えてしまいました。
徐 総連のほうにも「朝鮮学校の教科書でもう統一とは書くな」とか「国歌の歌詞を変えろ」というお達しがきています。ただ、それへの対応は、地域によっても温度差があるんですね。東京や大阪など、それなりに組織の影響力が維持されているところは、指示に従っているようですけども、例えば近畿地方のある県は、運動会でも統一旗を使ったという話を聞いています。在日コリアンが、日本の中でいがみ合わないようにやっていくために大事にしてきた「民族」とか「統一」というものが、突如取り上げられてしまった。それはやっぱりショックですし、そうそう従うことはできないという心情は、よくわかります。