2026年2月26日、参議院本会議で奨学金問題が取り上げられ、大きな注目を集めました。
会議の中で立憲民主党の斎藤嘉隆議員は、「現在、学費・物価の高騰により、多くの若者、また勤労世代は奨学金の返済(返還)に苦しんでいます。奨学金返済額の一定割合を所得控除する奨学金返済減税は現役世代を応援する非常に優れた仕組みだと考えますが、実現に向けての検討を進めていただけませんか?」と質問しました。
これに対して高市早苗首相が、「奨学金の返還については、令和2年度から返還不要な給付型奨学金等を拡充するとともに、返還の猶予や毎月の返還額を減額する制度などにより負担軽減を図っております。その上で、ご指摘の奨学金返済減税については、奨学金制度の観点からは、奨学金の貸与を受けなかった方との公平性や必要のない奨学金を借りるといったモラルハザードなどが起こる可能性」と答弁したところで、「起こるわけないでしょ!」などの痛烈なヤジが飛び、議場内は騒然となりました。
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この高市首相の答弁に対しては、X(エックス)でも政治家からの批判がありました。
塩村あやか参議院議員のポスト(26年2月26日投稿)
↓総理本気ですか!?↓
【奨学金の返済額を所得控除(減税)すると、「借りる必要のない奨学金を借りるようになり、モラルハザードが起きる」と総理答弁】
元当事者として断固抗議したい。借りる必要のない奨学金なんて借りたい学生はいない。
①収入の少ない「社会人になりたて」から返済が始まる
②結婚したり子供を育てるという「もの入りの時期」にも返済が重なる
③奨学金を借りていない人との不公平が出ると総理は言うが、であれば、「住宅ローン減税」なども不公平がより色濃くでるのになぜ、そちらには何も言わないのか。
泉健太衆議院議員のポスト(26年2月27日投稿)
この総理答弁、ひどいな⋯。
誰が書いた?
「奨学金の返済額を所得控除すると、借りる必要のない奨学金を借りるようになり、モラルハザードが起きる」
元当事者として私も反論する。
奨学金と言っても、貸与型は「借金」なんよ。普通は借りすぎることなんてしない。返済の軽減は進めるべき政策だ。
両議員は共に奨学金を借りた「元当事者」であることを明かした上で、高市首相の答弁を批判しました。塩村氏は1978年生まれ、泉氏は74年生まれです。お二人とも90年代以降の貸与型奨学金利用者が急増した時期に学生時代を過ごされていますから、彼らの周囲も奨学金利用者が多かったのでしょう。
さらにSNSやメディアでも多くの意見が出されました。そこには奨学金問題の深刻さと、それに苦しむ若者の多さが影響しているのでしょう。ではこの答弁のどこに問題点があるのか、私なりに検証してみたいと思います。
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まず、「返還不要な給付型奨学金等を拡充」という箇所について、確かに2020年4月から「高等教育の修学支援新制度」がスタートし、給付型奨学金の対象者は拡充しました。ただしこれは20年度以降の利用者を対象とした支援制度です。高市首相の言う給付型奨学金の拡充は、20年度より前の奨学金利用者にとっては何のプラスにもなりません。
13年3月、「奨学金問題対策全国会議」が弁護士、司法書士、教員らによって結成されて以降、有利子貸与型奨学金から無利子貸与型奨学金への移行(14年度)、給付型奨学金の導入決定(16年度)、授業料減免と給付型奨学金の支給をセットで行う修学支援新制度の開始(20年度)など奨学金制度の改善が進んできました。しかし、これらは「新たな奨学金利用者」を対象とするものであり、既利用者へのものではありません。制度の改善は望ましいことでしたが、そこには利用者の「分断」が新たな問題として浮上しています。ですから今後は、返還に窮している既利用者への対策も重要なのです。
そして「返還の猶予や毎月の返還額を減額する制度などにより負担軽減」という箇所について、14年4月、奨学金の返還猶予可能な年数がそれまでの5年から10年に延長されました。この制度改正は、返還に苦しむ利用者にとって一時的には朗報でした。ですが猶予期限の10年が経過すれば、本人がどんな経済状況であっても返還を再開しなければなりません。つまるところ返還困難者の救済制度としては、極めて不十分だと言えます。
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また「毎月の返還額を減額する制度」は、一定期間、当初約束した奨学金の月々の返還額を2/3、1/2、1/3、1/4に減額できる制度です。毎回の返還額が小さくなれば、収入が少なくても返還しやすくなります。しかしこの場合も、返還総額は変わらないので、むしろ返還期間の長期化をもたらして奨学金返還が生涯つきまとうことにもなりかねません。高市首相は「負担軽減」と言っていますが、「毎月の返還額を減額する制度」のほうも、既利用者の負担軽減策として不十分であることは明らかです。
次に「奨学金の貸与を受けなかった方との公平性や必要のない奨学金を借りるといったモラルハザードなどが起こる可能性」について。これは後出しで奨学金返還の実質的な負担軽減を行うと、利用しなかった人との公平性に問題が生じるとの主張です。
奨学金返還に苦しむ人への支援策のあり方を議論する際に、この論点を持ち出すのは疑問です。なぜかと言うと「奨学金の貸与を受けなかった方との公平性」を言い出せば、奨学金を借りた人への支援策を講じること自体が不可能となるからです。さらに言えば、この主張は奨学金を借りた人と借りなかった人との分断を煽ることにもなりかねません。そのような議論の進め方は、人々の相互不信を助長し、税制を通して困っている人を支援する政策の実現を困難にします。
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日本の高等教育費は、「子どもの学費は親が払うのが当然」という「親負担主義」に支えられることで高騰してきました。各種の調査データを見ても高等教育の学費の主たる負担者は学生本人ではなく、親であることが明らかです。奨学金を利用するか否かも、利用者本人の自己決定というよりは親が学費を負担できるか否か、つまり親の経済力によって決まる度合いが大きいのです。
そうした背景もふまえた上で、非利用者との公平性を盾に奨学金を借りた人への支援を渋るのであれば、それは極端に言えば裕福な家庭の子と貧困家庭の子の教育格差を容認することを意味します。個々人の経済事情による教育格差を是正するのが奨学金の本来の役割だとすれば、貧困家庭の子に対して積極的に学費負担の軽減を行わないのは理念を放棄することにもなります。
「必要のない奨学金を借りるといったモラルハザードなどが起こる可能性」については、まるで学費の支払い能力が十分な者でも奨学金を借りることが容易であるかのような、奨学金制度に対する誤解を助長しかねない表現だと思いました。貸与型奨学金の利用には親(生計維持者)の収入・所得、学生本人の成績について要件が定められており、そこに該当しない学生は利用することができません。