
ジャバリア難民キャンプへの爆撃。2023年10月、シャハッド・アブサラマ氏提供
実は、この映像を撮影したマフムードさん自身、家族を失っていると、シャハッドさんは言う。
「マフムードは、2023年10月の爆撃で、22人の親族を失っています。彼の姉、つまり私の従姉の遺体は自宅から何軒か離れた建物の屋根の上で発見されました。あまりに爆風が凄まじくて、そこまで吹き飛ばされたということです」
ガザでは、多くの人々が、家族や親族が同じ家や住宅ビルに一緒に暮らす。そのため、住宅地への大規模な爆撃で、家族や親族が皆殺しに される、あるいは全滅に近い被害となるケースが少なくない。そのような場合、まだ小さな子どもたちも犠牲になる。シャハッドさんの甥、姪たちも、イスラエル軍の爆撃で殺されてしまった。
こうした非戦闘員である民間人への攻撃は、明確にジュネーブ諸条約等の国際人道法に反する戦争犯罪だ。イスラエル側は、「そこにハマスの戦闘員がいた」と言うが、たとえ、それが事実だとしても、国際人道法は民間人を巻き添えにする攻撃を容認していない。民間人の犠牲を避ける方法を取るか、攻撃そのものを見直すべきであるというのが、国際人道法上の通説である。だが、イスラエル側は、むしろ民間人を攻撃することが目的であるかのような攻撃をガザに対して繰り返してきた。それは今回の、2023年10月からの攻撃だけではなく、2014年の大規模攻撃、2012年の大空爆、2008年末から2009年初頭の大規模攻撃などで、常に行われてきたことだ。こうした戦争犯罪は昨年10月に「停戦」が発効した後も、続いている。本稿執筆時点でのガザの犠牲者数は、現地保健省当局の統計で、7万2278人。そのうち、昨年の「停戦」後の死者数は約700人だという。
「停戦などない。今も学校が攻撃され、結婚式が爆撃されています。爆撃だけでなく、飢餓・医療放棄・拘束による死者が増え続けています」(シャハッドさん)

イスラエル軍に破壊された救急車。2014年ガザ、筆者撮影
ジェノサイドは「どっちもどっち」では許されない
来日中の講演での質疑で、「イスラエル出身の知人が『パレスチナ人は皆、(現地イスラム組織の)ハマスのテロリストだ』と言う。どう答えるべきでしょうか」との質問に対し、シャハッドさんが憤りを隠さずに語ったことが、強く印象に残っている。
「テロリストはイスラエルです。1948年の建国自体が犯罪の上に成り立っています。ハマスは1987年にできた抵抗組織に過ぎず、それ以前からパレスチナ人は民族浄化の被害者です。民間人・子ども・女性・高齢者を巻き込むのはジェノサイドであり、国際法上絶対に許されない犯罪です」

講演するシャハッドさん。筆者撮影
上述の「イスラエル出身の知人が……」という質問をした参加者も、悪気があったわけではなく、おそらく素朴な疑問として質問したのだろう。だが、この質問には、日本の人々の「平和」に対する考えの危い面が表れているように、私には思える。つまり、歴史的経緯や責任の大小、置かれている状況の圧倒的な違い、国際法上の問題などを考慮せず、どっちもどっち論で、「なぜ、平和でいられないの?」と、被害を受けている当事者に聞いてしまうタチの悪い「素朴」さだ。まして、自分たちが実は加害者の側に近いことを意識すらしていない。そのことを改めて感じたのは、シャハッドさんを広島に連れて行ったときのことだ。毎年行われる「原爆の日」の式典について説明をしたところ、彼女は酷くショックを受けていた。毎年の式典に、まさにイスラエルがガザで虐殺を行っている最中にも、各国の在日本大使と共にイスラエル大使も参加しているからだ。シャハッドさんは憤った。
「まさに、ピースウォッシュじゃないですか!?」
この「ピースウォッシュ」とは、実際には平和を望んでいない者がいかにも「平和を望んでいる」と装うことだ。つまり、まさに戦争犯罪の加害者であるイスラエルが、その加害行為を続けながら、自国大使を「原爆の日」の式典に参加させ、「平和を願っている」と装うことであり、広島市や外務省などの日本側がそれを容認することでそれに加担しているということだ。