内臓脂肪が大病の元!?
メタボリック症候群とは、肥満、高血圧症、高脂血症、糖尿病などが、それぞれ単独では軽度でも、重複することで心筋梗塞や脳卒中などの、重い動脈硬化性の病気に進む危険性が高まった状態を総称した概念である。世界各国で、このメタボリック症候群の診断基準はまちまちであり、WHOの提案する基準などもあるが、現在(2007年5月)のところ統一見解はない。
日本では2005年に、日本内科学会など8学会で構成された合同委員会が、メタボリック症候群の診断基準を発表した()。
まず、病気の中心は「内臓脂肪の蓄積」であるとの考えから、おへそ周りのウエストサイズ「男性85cm以上、女性90cm以上」を基本的な診断条件として採用した。
これは、内臓脂肪が蓄積されると、脂肪細胞からの「アディポサイトカイン」と呼ばれる生理活性物質群の分泌に異常をきたし、さまざまな代謝異常を引き起こしやすくなるからだ。特に、「アディポネクチン」と呼ばれる、善玉のアディポサイトカインが減少することにより、糖尿病や動脈硬化になりやすくなるということがわかってきた。
その上で、「空腹時血糖が110mg/dl以上」、「収縮期血圧(いわゆる上の血圧)が130以上または(かつ)拡張期血圧(下の血圧)が85以上」、「中性脂肪が150mg/dl以上または(かつ)HDLコレステロールが40mg/dl未満」の3項目中、2項目以上が該当すればメタボリック症候群、1項目だけの場合はその「予備軍」とされる。
06年5月、厚生労働省の「平成16年国民健康・栄養調査」が公表され、40~74歳では約2000万人がメタボリック症候群の有病者、または予備軍であることがわかった。
ウエストサイズという身近な数値が診断基準の基本となったことで、広くこの概念が浸透し、肥満解消をうたったビジネスが隆盛を極めている現状を見れば、日本では今や「メタボリック旋風」が吹き荒れていると言っても過言ではない。
診断基準を巡る賛否両論
「男性85cm以上、女性90cm以上」というウエストサイズの診断基準は、腹囲をCT撮影して得られた内臓脂肪の蓄積データを元に、統計的に計算されている。その結果、世界でも珍しく、女性の基準値のほうが高くなってしまっている。この基準値には賛否両論があり、今でも討議されている。しかし、いずれにしても杓子(しゃくし)定規に適用するのではなく、BMIなど他の肥満の指標と合わせて使用したり、経年的変化を重視するなど、弾力的に運用することが重要なのは言うまでもない。
現在の診断基準は、厳密にはまだまだ完璧ではないだろうが、ウエストを必須項目にしたことからくる「わかりやすさ」が話題性を呼び、国民の生活習慣病などに対する予防意識を呼び起こしたという意味では、大きな意義を果たしたことになる。
今後は「メタボリック症候群」という言葉が独り歩きして、商売のネタに使われすぎないよう注視する必要があるだろう。
新しい健康診断でも重要視
そういった意味でも、08年4月から始まる予定の新しい健康診断、「特定健康診査(特定健診)」に注目したい。これは、40歳から74歳までの全国民を対象に、メタボリック症候群の健診を行い、リスクに応じた生活指導などを義務付けたものである。この特定健診が注目されている大きな理由は、主に2つある。一つは、対象者が保険加入者本人だけでなく、扶養家族も含めた全員であるということである。もう一つは、今までのように「やりっ放し健診」と言われるものではなく、健診の結果によりその後の指導も保険者に義務付けしたことである。
具体的には、に示したように、健診の結果によってリスクレベルを3段階に分類し、それに対応した支援を想定している。最も軽いものが①情報提供であり、健診結果とともに基本的な情報を提供するものである。次に②動機付け支援と呼んでいるもので、医師、保健師または管理栄養士が面接指導を行い、生活改善の動機付けとなるような行動計画を策定する。最もリスクが高い対象者に対しては③積極的支援として、策定した行動計画の進捗実績状況の評価などを、6カ月以上継続的に行うとしている。
安心と信頼の医療体制のために
すでに多くの企業や、それに準ずる医療者がこの大きなマーケットに乗り出してきているが、著者としては前述のごとく危機感も感じている。このような健診は、企業が商売として争って請け負うのではなく、国民の「かかりつけ医」の立場である医師が担当してこそ、医療の向上、ひいては医療費の適正分配につながるものと考えている。これ以上、まじめに医療に取り組んでいる、まともな医師に振り分けられる医療費の再配分を奪い取っては、医療の向上を望むどころか、医療崩壊の後押しをすることにもなりかねない。
新しい健康診断は、ある意味では画期的な取り組みであるだけに、医療の品質向上を中心視野に入れた運用が必要であろう。この大盤振る舞いの政策は、安心と信頼の医療体制作りを実現できる最後のチャンスかもしれないのだから。
BMI
肥満度を表す指数で、体重[kg]÷(身長[m]×身長[m])により算出する。
BMI<18.5 低体重
18.5≦BMI<25 普通体重
BMI≧25 肥満
(日本肥満学会肥満症診断基準検討委員会より)(Body Mass Index)