日本ははしかの後進国
はしかは、正式には麻疹(ましん)と呼ばれ、麻疹ウイルスの感染によって起こる病気だ。例年、春から初夏にかけて、小学生やそれ以前の乳幼児に多く見られる感染症だが、ワクチンの普及により、近年は急速に患者数が減少してきた。それがこの2007年、首都圏を中心に、大学生など青年層の間で大流行したことで、急に問題視されている。病原体である麻疹ウイルスは、強い伝染力を持ち、空気感染を中心に広まる。そして、感染すると約10日間の潜伏期間を経て発症する。主な症状は高熱と全身の発疹だが、免疫機能を担うリンパ組織などでウイルスが増殖するため、免疫の働きが低下している時には、肺炎や脳炎を起こすなど、重症化して命にかかわることもある。
他の先進諸国では、はしかの年間発生数は数十例以下と根絶に近い状態である一方、日本では毎年数千人前後の患者が発生するため、「はしか後進国」と言える状況である。
アメリカなどは、日本が麻疹ウイルスを持ち込むのではないかとの警戒を強め、日本を「はしかの輸出国」と批判している。実際に今年も、カナダを訪れた日本の修学旅行生がはしかを発症し、隔離された。先進諸国では、せっかく撲滅しかけたはしかを再燃させることに神経をとがらせている。
なぜ青年層で流行したのか
例年は、発症者の大半は15歳以下の児童だが、なぜ、今回の流行では10~20代の患者が急増したのだろうか。その原因は特定できていないが、いくつかの要因が考えられる。まず、この年代の多くは1回のワクチン接種であるため、免疫を獲得できないケースが5%ほど存在し、過去にワクチン接種を受けていたとしても、免疫を持っていない人が一定数いること。また、予防接種によって得た免疫は、感染して得た免疫よりも弱いため、免疫力を維持・増強するためにはウイルスと接触する必要があるが、はしかの流行自体が減っているので、免疫が弱まっていることである。そして、青年層は児童に比べると潜伏期間中の行動範囲が広いために、感染範囲がより広まったのではないかとも推測されている。
なお、最近では、2001年に約30万人と推計される大流行があった。2007年の流行は、規模としてはそれほどではないが、成人に限ってみれば、全国約450カ所の定点医療機関からの報告数が01年を上回り、1999年の調査開始以来最高値を記録している()。
はしかの「排除」を目指して
はしかは、一度発症すると根本的な治療法がないため、安静や栄養などの全身療法と、対症療法で対応するほかない。つまり、はしかの流行に対しては、現在のところワクチンによる予防が唯一の対策ということになる。日本では、かつてワクチンの1回接種法が中心だった。しかし、前述のように1回の接種では免疫を獲得できないケースがあるため、06年の春より、風疹ワクチンと混合された「MRワクチン(麻疹風疹混合ワクチン)」を、1歳時と小学校入学前の2回、接種する制度が導入され、欧米と同様の体制となった。しかし、この効果が統計的に目に見えるようになるまでには、10年の歳月を要すると言われている。
様々な病気の対策に、国家的規模の介入が有効な例は多いが、その中でも感染症は最も行政の関与を必要とするものである。今や、人が世界中を簡単に行き来する。世界中の特産物をどこにいても味わえる代償として、特定の国に限られていた感染症が、どこでも起こりうる危険な存在となった。エイズがその代表であろう。こういった目に見えない敵を相手にするには、国家的努力と国家間の連携が重要となる。そのためには国民一人ひとりが理解し、協力のための行動を取るという認識が不可欠である。
具体的には、予防接種の重要性(特に2回施行)を認識すること、大人も接種歴・感染歴を確認して、自分の免疫状況を知るなど、各個人の自覚が大切である。
WHOでは2012年までに西太平洋地域でのはしか「排除」を目指しているが、日本はうかうかしていられない状況にある。