「認められない」不妊治療
不妊治療(生殖補助医療)の中には技術的には可能でも、国内での実施が認められていない治療法がある。日本では生殖補助医療に関する法律が制定されていないため、医療従事者は、日本産科婦人科学会が会員医師への指針として示す「会告」によって、治療法ごとの適用範囲や実施の条件などを確認することになっている()。現在、国内で実施が認められている治療法は、「A 夫婦間人工授精」「B 夫婦間体外受精」、そして「C 非配偶者間人工授精」などに限られ、精子・卵子・受精卵の提供を伴うD~Fのような「非配偶者間体外受精」や「G 代理懐胎(代理出産)」「H 代理母」は認められていない。第三者から命の萌芽である精子や卵子、受精卵を提供してもらって、体外受精することを認めるかどうか、また、認めた場合、生まれた子どもと提供者との関係はどうなるのかといった点が、現在、法律上の論点となっている。
不妊治療に対する日本人の意識
生殖補助医療についての考え方を尋ねた厚生労働省の調査(2003年)によれば、日本人のほぼ4人に1人が、提供精子や卵子を用いた体外受精は「認められない」と答えている。また、提供された受精卵を用いた場合については、3人に1人が否定的であった。一方、何らかの理由で自分の子宮で子どもを育て、産むことができない女性が、第三者に懐胎や出産を依頼する「G 代理懐胎(代理出産)」と「H 代理母」については、卵子の提供を伴う「代理母」に対しては「認められない」とする割合が36.4%となり、依頼人夫婦自身の受精卵を用いる「代理懐胎(代理出産)」の25.5%より抵抗感が強いことがわかった。
一方、第一生命経済研究所が2006年度に行った、不妊当事者を対象とする調査によれば、前述の厚労省の一般回答者による調査結果よりも、「認められない」と考える割合がわずかながら高いことが明らかになっている。ただし、卵子提供を伴わない「代理懐胎(代理出産)」については、「認められない」と答えた割合が18.2%と2割を切り、一般回答者よりも低くなっている。前回紹介した向井亜紀夫妻のケースは「代理懐胎(出産)」に相当し、依頼人となった夫妻と生まれた子どもとの間には遺伝上のつながりがある。「血縁関係にある親子を親子と認めないのは不自然」という感覚を持つ人では、代理懐胎への抵抗感が低いと推測される。
先進欧米諸国の現状
生殖補助医療の在り方については、2000年に日本弁護士連合会が、「生殖医療技術の利用に対する法的規制に関する提言」をまとめ、法律上の論点に関する考え方や法整備の必要性を訴えている。しかしながら、論点となる「親子関係」が、日本の民法上の「家族」の定義そのものにかかわる重要課題であるためか、いったん策定された法案は成立を見ないまま、現在に至っている。欧米で先進的な生殖補助医療を導入している国の多くでは、「生命倫理法」(フランス)や「親子法」(ドイツ)、または「代理出産取り決め法」(イギリス)といった名称の下に、誕生した子どもの親子関係や、生殖補助医療の範囲そのものに関する法制定が進んでいる。
では、各国で認められている生殖補助治療の範囲を示している。「代理懐胎(代理出産)」を認めるイギリスやアメリカには、年間数十人規模の日本人が入国し、治療を受けているという仲介業者からの報告があるが、治療を受けた国で合法的に誕生した子どもでも、日本国内では、依頼した母との親子関係が否定されている。「出産した母親が母親である」という、日本の民法上の理解が変わらない限り、こうした子どもたちの法律上の親は、代理で出産してくれた第三者の女性ということになる。
体外受精による年間出生児数の規模で見れば、日本はアメリカに次ぐ世界第2位の不妊治療大国である。実態を考慮しつつ、一日も早い法整備が望まれる。