「できるかどうか」ではなく、「実現しなければいけない」
低炭素社会とは、「二酸化炭素などの排出を低く抑え、安定した気候のもとでの豊かで持続可能な社会」を意味する。持続可能な社会とは、今ある環境を変えることなく、私たちの子孫に伝えていくことのできる社会である。気候を安定化するには、大気中の温室効果ガス濃度を一定に保つ必要があり、そのためには、地球が吸収可能な能力にまで、温室効果ガス排出量を下げて、入りと出をバランスさせる必要がある。今現在では、海や森林土壌への吸収量は人的排出量の半分以下であるから、大気中の濃度を増やさずに気候の安定化を図るには、CO2などの温室効果ガス排出量を今の半分以下に下げなければならない。
日本は、一人当たり世界平均の2倍以上のCO2を排出してきており、今後、一人当たりの排出量に格差がなくなっていくことを考えれば、日本では、1990年の排出量と比較して、2050年までに60から80%の削減が必要である。このうち70%削減について考えてみる。
日々の生活で省エネルギー(省エネ)を実行することがまず大切であるが、大幅な削減を行うには、多少の省エネを実施するだけでは難しい。温室効果ガスが大幅削減された2050年の低炭素社会の姿を描き、生活レベルを下げなくても大幅削減ができることを認識することがまず重要である。
次にそういった社会を実現するには、いつどのような政策を実行すればよいのか、われわれはどんな行動をすればよいのかを明らかにする必要がある。
2050年に現在から70%のCO2を削減する
低炭素社会の姿は一つだけではない。それぞれの立場で低炭素社会のイメージを提案し、議論し、納得して対策に取り組んでいくことが重要である。国立環境研究所を中心とした脱温暖化2050プロジェクトでは、2050年に70%削減を実現できる二つの社会を描いた。
どちらの社会も、現在の生活ベルを維持した活力のある社会を前提としている。そのような前提のもとで、CO2排出量の70%削減は可能であることを示した。同じサービスを少ないエネルギーで提供することによって、40%削減できるとした。これは技術革新が進むことによって達成できる。残りの30%は新エネルギーや、炭素の隔離貯蔵によって実現可能である。
低炭素社会に向けた12の方策
70%削減を2050年に実現するには、どの時期に、どのような手順で、どのような技術や社会システムを導入すればよいのか、それを支援する政策は、どのようなものがあるかを、12の方策としてまとめた。、、主な対象分野としてみれば、1、2は「家庭・オフィス系」、3、4は「農林業」、5は「産業」、6、7は「運輸系」、8、9、10は「エネルギー供給系」、11、12はすべての分野を横断する方策であるが、それぞれの方策は間接的にはすべての分野において、CO2排出量を削減するのに役立つ。
家庭やオフィスにおける方策をみてみよう。家庭やオフィスでは、快適で効率的な生活や仕事を行っていくために、多くのエネルギーを使っている。
CO2排出源となるエネルギーを大幅に減らすためには、建物内の冷気・暖気を逃さず、太陽エネルギーや自然風を建物内に取り込むように設計することが重要である。そのような建築物を普及させるためには、建築物の環境性能評価制度やラベリング制度を導入して、環境性能ラベルに応じた税制優遇や低金利融資制度を組み合わせることで、導入するための経済的負担を少なくし、環境性能の高い住宅建築・購入のインセンティブを高めることが有効である(方策1、5)。
個々のエネルギー機器について、徹底的に効率を改善することも、CO2削減に貢献する。そのためには、現状のトップランナー制度の対象範囲をすべてのエネルギー機器として、数年ごとに目標を更新し、優秀な技術を開発した主体に対する報奨制度を導入することが考えられる(方策2、5)。
しかし、効率が大幅に改善された機器が開発されても、利用者が積極的に導入を進めないことには普及が進まない。そこで、温室効果ガスの排出に関する正しい情報をいつでもどこでも入手できるような「見える化」の制度・インフラの仕組みや、それを適切かつ分かりやすく伝えるナビゲーションシステムの整備を行うことで、低炭素に向けた消費行動を促すことができる(方策11、12)。
野菜や果物などの食品について、旬のものを選ぶことで、間接的に農作物の生産に要するエネルギー消費量を削減できる(方策3)。
また、建築物に対して鉄やセメントでなく、林産材を積極的に活用することで、生産時に多量のエネルギーを必要とする素材の消費を削減することができる(方策4)。
これらに加えて、地域の太陽エネルギーやバイオエネルギーを積極的に活用し、低炭素な電力を購入することで、排出量の大幅削減が可能になる(方策8、9、10)。
低炭素社会を実現するために大切なこと
われわれが車に乗ったり、エアコンを使ったり、自由にお湯を使ったりしていることが、世界の気候を変え、洪水や干ばつに影響を与えているという実感はなかなか持てない。100馬力の車に乗ることは、100頭立ての馬車に乗っているようなものである。また、スイッチ一つでお湯が沸き、ご飯が炊ける生活は、古代では多くの使用人を使っていると同じ生活である。日本人は、呼吸による25倍ものCO2を、化石燃料を消費することで排出している。1人が25人を使っているようなものである。このままの生活を続けることは、将来世代に大きな負担を強いることになる。
12の方策は、CO2を削減する一つの処方せんである。薬を飲まないと病気はよくならないように、実行に移さないとCO2の排出量を減らすことはできない。低炭素社会への処方せんは、他にもあるかも知れない。
みんなで処方せんを出し合って、行動に結び付けていくことが望まれる。