中国は「環境問題のデパート」
私はかねてより、中国を「環境問題のデパート」と表現している。それは、中国が抱えている環境問題が、従来型の公害である大気汚染、水質汚濁、土壌汚染のみならず、ダイオキシン、環境ホルモン等の化学物質といった新しいタイプの環境問題、さらには砂漠化、生態環境保護、地球温暖化など多岐にわたり、かつ、それぞれの問題のスケールが大きいからだ。品ぞろえが豊富で規模の大きいところがデパートそっくりなので、好んでこの表現を使っている。日本人が中国の環境問題を見る際、「日本=被害者、中国=加害者」の構図でとらえる場合がほとんどだ。しかし、この構図からは本当の中国の環境問題と、その解決の処方せんは何も見えてこない。中国の内側に立って見ることも必要だ。
環境問題の解決に当たって、日本を始めとする先進国の対応と比べて、中国は大きなハンディキャップを抱えている。
日本についてみると、まず工場を原因とする大気汚染、水質汚濁などの公害問題を克服し、次に際だってきた都市・生活型の公害に対して対策のめどを立てた。さらに、続いて顕在化してきた化学物質問題への対応に重点を移し、現在は、地球温暖化問題の解決に全力を挙げている状況にある。日本の場合には、このように対策の重点を、資金投入と技術開発の重点を移しながら対応することが可能であった。
一方、遅れて発展してきた中国では、これらの問題が、先進国の経験を経て現在同時に顕在化しており、同時対応を迫られている点が解決への対応を困難にしている。さらには問題のスケールが大きい。これらに加えて、対策資金が不足していることはいうまでもない。後発の利があるから有利だとの主張もあるが、それは同時に、現在の先進国並みの高いレベルでの対応を迫られるということでもあり、困難な状況にあることには変わりがない。
高度経済成長で増加する汚染源
また、30年近くにわたり、平均で10%近い高度経済成長を続けていることが環境の悪化の趨勢を抑えることをさらに困難にしている。すなわち、既存の汚染発生源に対する対応をきちんと取ったとしても、経済の成長とともに新たに立地される発生源の増加により、汚染物質の排出総量の抑制が十分に効かない。具体的な例を挙げてみよう。中国では2001年に、主要な大気汚染物質である二酸化硫黄の総排出量を5年間で10%削減するという目標を掲げたにもかかわらず、2000年の1995万トンから05年の2549万トンと、逆に28%あまりも増加してしまった。日本の30倍以上の排出量だ。水質汚濁の主要な指標である化学的酸素要求量も、2000年の1446万トンが05年に1414万トンと横ばいである。
土壌の汚染も深刻だ。06年に初めて全国の農用地の土壌汚染の実態が発表されたが、これによると全国の耕地の10%以上が汚染されていると推計され、重金属に汚染された穀物は年間1200万トン以上にものぼる。これは全穀物生産量の2~3%にも相当し、現在詳細な全国調査が実施されている。ダイオキシンや環境ホルモンによる汚染もいまだにその実態が明らかにされていないが、今後必ずや顕在化する。
砂漠化を始めとする土地の荒廃化も深刻だ。国土全体の約27%が荒廃化していると推定され、全国の緑化率は05年にわずか18.2%だ。さらに、現在、アメリカに次いで世界第2位の温室効果ガス排出国である中国は、2010年にはアメリカを抜くと推定されている。
始まった環境改善への取り組み
このような環境汚染の状況に対して、中国政府は何の対策も講じてこなかったわけではない。しかし、対策が経済発展のスピードに追いついて行かなかった。この反省に立って、06年からは「経済発展と環境保護を同等に重視」する政策を打ち出している。現在の私たちから見れば当たり前のような原則だが、先進国では当たり前のことが行われていないのが途上国だ。この政策が実施された結果、07年には11.9%と高い経済成長であったにもかかわらず、初めて主要な汚染物質の排出総量の削減に成功した。悪い例ばかり挙げてしまったが、環境改善に頑張っているという例も紹介しておこう。
中国で一番貧しい省である貴州省の省都である貴陽市は、かつて中国でも1、2を争う大気汚染の都市であった。汚染が最もひどい時には環境保全の目標値である環境基準の約6倍に達していたが、1998年から日中協力を行う環境モデル都市に指定され、日本のODA(政府開発援助)と地元の資金を大量に投入して集中的な大気汚染対策が行われた。その結果、2007年にはついに環境基準を達成することができた。日本の協力により、きちんとやれば環境改善は可能だという模範例になっている。さらには、ここでとられた対策は温暖化防止にも役立っている。
中国が自国民の健康と環境の保護のために、緑化等による砂漠化の防止、大気汚染対策、廃棄物の適正処理などを地道に行っていけば、冒頭に書いたような日本の「もらい公害」もいずれ軽減していく。私たちは中国の環境問題を「責める」のではなく、対策の推進を「応援する」ことで問題解決にアプローチすべきではないだろうか。