このように、「年金空洞化だから、税方式にすべきである」という議論は根拠がない。では、なぜ経済界などは、税方式を主張するのであろうか。真の目的は次の2つである。(1)厳しい高齢化の中で、保険料のさらなる引き上げが不可避になっており、若い世代の負担も限界に近づいている。こうしたなか、現役時代に支払った保険料負担よりも多くの年金を受給している高齢者に、追加負担をしてもらおうという世代間の負担問題。(2)企業にとって、賃金や人件費に比例する社会保険料よりも、支出に比例する消費税の方が経済成長にプラスになるのではないかという点である。
税方式の是非を議論するのであれば、根拠のあいまいな空洞化論ではなく、このような「真の目的」を根拠に大いに「抜本的」改革の議論をすべきである。ただし、先にみたように、税方式にすれば国民の間での負担の構成が大きく変わるため、社会的なコンセンサスを得るのは容易ではない。特に、有権者の構成が急速に高齢化しており、政治的な調整が次第に困難になっているなか、こうした大規模な財源構成の見直しをする時間的な余裕はない。そもそも年金の空洞化を拡大したのは、他ならぬ企業の責任が大きい。厚生年金加入の正社員の抑制、非正規労働者の増加が、年金空洞化の拡大の決定的な原因である。非正規労働者への厚生年金適用こそが経済界に求められる本当の責務である。
ところで、世界的にみて基礎年金の税方式を採用している国はどのくらいあるのだろうか。かつてはスウェーデン、フィンランドは基礎年金に相当する部分を税財源で賄っていたが、1990年代に財政赤字と高齢化が進むなかで、基礎年金の税方式は廃止され、所得比例年金が不十分な高齢者にのみ補足的に給付される最低保障年金になっている。「基礎年金の税方式」にして、高齢者全員に税財源で年金を保障しながら、上乗せの報酬比例年金を加えるという、巨大な年金政策をやっている国はどこにもない。基礎年金の税方式を採用している国は、ニュージーランド、カナダ、オーストラリアであるが、このうち、ニュージーランドとオーストラリアには厚生年金というのは存在していない。カナダは非常に小さな報酬比例年金が存在するだけである。日本の基礎年金税方式は、世界の流れと逆方向なのである。
では、どのような改革が望ましいのか。国庫負担2分の1を達成すればよいのか。そうではない。65歳以上全員に一律の年金を給付するという基礎年金の考え方自体を切り替えることである。国民全員を、負担能力に応じて保険料を支払う所得比例年金に一元化し、老後、所得比例年金が少ない高齢者にのみ、税を財源とした最低保障年金を給付すればよいのである。