ふたりでセックスを楽しみたいのに、「したい・したくない」「イケる・イケない」など互いの波長が合わず、うまくいかない……こうしたセックスをめぐるすれ違いは珍しいものではないが、もしかしたらその原因は科学的に証明されていないさまざまな性についての俗説や思い込みのせいかもしれない。セックスセラピストの早乙女智子医師(産婦人科医)、小堀善友医師(泌尿器科医)に、ちまたで信じられているセックスや性欲に関する噂や俗説の真偽について、それぞれうかがった。
①“「性欲」とは「セックスしたい欲」である”
――セックスのきっかけのひとつは「性欲」だと思われますが、そもそも性欲とは何を求める「欲」なのでしょうか。たとえば、人間の三大欲求と言われる「食欲」「睡眠欲」「性欲」のうち、食欲は「食べたい」、睡眠欲が「寝たい」と求めるものがはっきりしていて、欲求を無視することは生死に関わります。これに対し、「性欲」は何が欲しいのかが、今ひとつよくわからず、満たされないからといって死ぬこともありません。いったい「性欲」とは何でしょうか。
小堀 多くの男性にとっては、わかりやすく「セックスしたい」という欲になるのだと思いますが、皆が皆、必ずしもそうとは限りません。セックスをしなくても隣で一緒に寝ているだけで満足する人もいるし、本当に人それぞれだと思います。
早乙女 性欲はもちろん生殖に繋がる欲ですが、セックスしたいとき、常に生殖したいわけではありませんよね。生理現象としてのオーガズムで性欲が解消されることもあると考えると、性欲は、排尿や排便といった排泄欲に近いものかもしれません。ただ、性の悩みはそうした身体的な面だけではなくメンタルとの関わりが非常に大きいんですね。性が満たされていないと、メンタルに悪影響が出やすいという面はありますから、私は、性欲は「心を満たす欲」、「生きる張り」であって、生きていく上でとても大事なものだと思っています。
俗説②“性欲は女より男のほうが強い”
――よく、「男性のほうが女性より性欲が強い」などと言われ、「男性が求め、女性が受け入れる」というパターンが当たり前のように思われています。ですが、性欲に本当に男女差はあるのでしょうか。たとえば、男女の性欲の強弱を測定したデータの有無など、科学的にはどこまで解明されているのでしょうか。
早乙女 性に関する話がタブー視されがちな日本と違い、海外では「セクソロジー(性科学)」はひとつの学問として認められ、大学や研究機関で真面目に研究が行われています。アメリカの精神科医カプランは1970年代に、性的興奮は性欲が条件となって生まれるとし、女性にも男性と同じように性欲が起こるという性科学理論を打ち立てました。
それでも、科学的に性欲の強さを測定するのは難しく、たとえば100人の男性と100人の女性を集めてきて性欲の強さをそれぞれ測定するとしても、男女それぞれの1位と1位、100位と100位が、同じ強さかどうかもわかりません。だから、「性欲が強すぎる」とか「男性のほうが性欲が強い」「いや、本当は女性のほうが強い」というのは証明のしようがない、ナンセンスな話です。
重要なのはセックスする関係性における温度差でしょう。実際、セックスセラピーの臨床でも、「夫は毎日セックスしたいのに、妻は勘弁してくれと思っている」という相談もあれば、その逆もあります。
また、考えるべきなのはむしろ、男女の性欲を社会がどう捉えているか、ではないでしょうか。性欲が強い男性は「絶倫」とポジティブに表現されるのに、女性は夫にさえ「淫乱」などとひどい言葉で貶められたりするのは、まったくおかしな話だと思いますね。性的な積極性についても同じことが言えます。性的に魅力を感じる女性を見た男性が、「ヤリたい」などと、ダイレクトにセックスへの衝動を表しがちなのに対し、女性の場合はそうでもないほうが多いのですが、これが本当に生理的な違いなのか、それとも文化的な刷り込みによるのかは、わかっていません。