貧困の連鎖
さらには、子ども期に貧困であることの不利は、成長して大人になってからも持続し、一生つきまとう可能性がきわめて高い。欧米諸国においては、子どもの成長を何十年も継続してフォローしたデータが豊富であり、子ども期の貧困の経験が、子どもが成人してからのさまざまな状況(学歴、雇用状況、収入、犯罪など)にも密接に関係していることが報告されている。特に、乳幼児期(0~6歳)の貧困は、子どもの将来に大きな影響を及ぼす。日本においては、このように子どもを長期にわたってフォローした調査がなかなかないが、筆者が06年に行った調査(成人男女1600人が対象)によると、15歳の時の暮らし向きが「大変苦しかった」「苦しかった」とする人は、ほかの人に比べて、現在においても、家族が必要とする食料が買えない、家財・家電が経済的理由で持てないなど、生活に苦しんでいる人が多いことがわかった。子ども期の貧困は、大人になっても解消できない「不利」となってしまう率が高いのである。そして、この「不利」は、次の世代に受け継がれる。例えば、親の学歴と子の学歴、親の職業と子の職業には相関関係が見られる。いつの時代でも、どのような社会であっても、親の世代と子の世代の関係性はあるものだが、日本においては、福祉国家の発展と経済成長の中で、学歴や職業階層の世代間の継承の「度合い」は、戦前から高度経済成長期にかけて弱まる(開放的になる)傾向にあった。しかし、その後、継承の「度合い」は再度強まっている(閉鎖的になっている)。例えば、09年の20歳代の若者(80~89年生まれ)は、生まれた時から閉鎖的になっていく傾向の社会の中に育っており、一度も開放的な方向に向かう社会を経験したことがないのである。
どのような子どもが貧困か
それでは、どのような子どもが貧困状態にあるのであろうか。OECDの貧困の定義で、日本の子どもの貧困率を計測すると、両親と子のみの世帯や三世代世帯では約10%、母子世帯では60%以上、父子世帯でも20%近い貧困率となる。母子世帯の貧困率が突出して高く、この数値はOECD諸国の中でも2番目の高さである。しかし、母子世帯や父子世帯に育つ子どもの割合は小さいので、子供数ベースで見ると、貧困の子どもの約5割は二親と子のみ世帯、約2割が三世代世帯、約2割が母子世帯の子どもとなる。貧困の子どもが育つ家庭は決して「特殊な家庭」ではない。政府の対応
子どもの貧困に対して、政府はどのような対策をとってきたのだろうか。日本には、まがりなりにも生活保護や公的年金などの社会保障制度が整っており、不慮の事故や生活困窮の際には政府から給付を受けることができる。貧困率が極端に高い母子世帯に対しては、月5万円ほどの支給を受けることができる児童扶養手当という制度も存在する。しかし、ほかの先進諸国に比べると、これら社会保障制度の貧困削減効果は少ない。これを的確に表すデータがである。この図は、OECD諸国における子どもの貧困率を、「再分配前」(就労や金融資産によって得られる所得。市場所得ともいう。政府の介入前の状況)と、それから税金と社会保険料を引き、児童手当や年金などの社会保障給付を足した「再分配後」(政府の介入後の状況)でみたものである。「再分配前」「再配分後」というのは、税制度や社会保障制度によって所得の分配を変化させることを、政府の「所得再分配機能」と言うところに起因する。再分配前の貧困率と再分配後の貧困率の差が、政府による「貧困削減」の効果を表す。これを見ると、日本は、OECD諸国の中で、唯一、再分配後の貧困率が再分配前の貧困率を上回っている国であることがわかる。つまり、政府の「再分配」によって、子どもの貧困率は悪化している。
日本の子どもの再分配前の貧困率は、OECD諸国の中でも最も少ない部類に入る。再分配後の子どもの貧困率が、OECDの中で最低であったデンマークよりも低いのである。しかしながら、デンマークは、政府による再分配によって、子どもの貧困率を大幅に減少することに成功しており、結果として、再分配後の貧困率は再分配前に比べて10%も低い。日本は、再分配前の貧困率が最低レベルにあるのにもかかわらず、政府の関与によって貧困率が削減されるどころか増加してしまっているので、最終的な再分配後の貧困率が14%にもなるのである。
OECD諸国の多くの国は、再分配で子どもの貧困率を大きく削減している。出生率が上昇に転じたことで有名なフランスでは、再分配前の子どもの貧困率は23%近いが、再分配後は8%となっている。あの貧困大国と名高いアメリカでさえ、約7%も貧困率を削減している。
なぜ日本だけ逆転するのか
なぜ、日本では社会保障制度が子どもの貧困削減に役立っていないのか。端的に言うと、子どもがいる貧困世帯の負担(税や社会保険料)が多すぎ、児童手当、児童扶養手当、生活保護などの給付が少ないからである。先進諸国のほとんどは、税方式か社会保険方式かの違いはあるものの、公的年金や公的医療制度を持っており、現役世代から資金を集め、高齢世代に給付するという構造はどこも同じである。しかしながら、日本においてだけ、子どもの貧困率が悪化するのは、ほかの国では子どもがいる貧困世帯の負担が過度にならないように、負担を少なくしたり、また、負担が多くても、それを超える給付がなされるように、制度設計をしているからである。日本で「少子化対策」や「子育て支援」という名のもとに行われてきた家族政策には、これまでほとんど「子どもの貧困」という視点が導入されて来なかった。その結果がここに表れている。
子ども対策に向けて
09年夏の衆議院総選挙では、「子育て支援」が近年まれに見る熱心さで議論された。重要なのは、限られた予算の中で、いかに効率的に最も不利な状況に置かれている子どもたちに手を差し伸べるかである。子どもの貧困に対策を講じることは、支出ではない。投資である。ようやく「子どもの貧困」に気付き始めた日本社会において、今後、どのような子ども対策が展開されていくのか、不安を感じながらも、期待をする今日である。