フランスでは、政府が改正案を提案し、これを「両院合同会議」という特別の憲法会議が5分の3で可決する方法〈(2)型〉、大統領が憲法改正案を国民投票にかける方法などもありますが、基本的には、両院の過半数で可決された改正案が国民投票にかけられ、そこで過半数の承認を得れば改正される〈(3)型〉というものです。最後のタイプは、自民党が昨年に発表した、改憲要件を緩和する憲法改正草案に似ています。
このような方法によって1958年に制定された現行の第五共和国憲法は、現在までに24回改正されています。ただ、第五共和国憲法には人権規定がほとんど存在しないため、24回の大部分は統治機構に関する改正となっています。2008年7月には50以上の項目に及ぶ大改正が行われ、大統領の強力な権限を認めてきた従来までのあり方から、議会の権限を重視する方向を目指しています。いずれにしても、人権を制約したり、権力への拘束を緩めるような改正は行われていないようです。
日本で改憲が行われなかった理由
以上のような各国の改憲要件と比較して、現行の日本国憲法を検討してみましょう。現行憲法96条は、改憲について、まず「各議院の総議員の3分の2以上」の賛成で発議することを求めています。普通の法案の場合、可決に必要なのは「出席議員」の過半数ですので、野党議員が欠席していても、出席議員のなかで過半数を占めていれば成立します。これに対して、改憲の発議の場合は「総議員」の、しかも3分の2が必要です。さらに、通常の法案成立には求められない国民投票による過半数の賛成が求められます。先ほどの世界の改憲要件タイプ分類でいえば、日本国憲法は「(1)かつ(3)型」ということになります。
日本では、他の多くの国と異なり、憲法改正が1回も行われていません。これは、その焦点が9条だったためだと考えられます。戦後一貫して、9条が定める平和主義をめぐり、護憲派と改憲派が鋭く対立してきました。平和主義は日本国憲法の基本原理であり、国家の命運に関わる問題です。しかも、諸外国の改憲が人権や権力の拘束強化の方向に進むものであるのに対して、9条の改憲は、再軍備という、権力を増強する方向に向けたものです。改憲状況が諸外国と異なるのはそのためだと言えるでしょう。
これまで見てきたように、各国の憲法改正手続きには様々なバリエーションがあります。どのような方法が妥当かは時代により国により異なるでしょう。ただ、あまり硬性の度合いを強くしすぎると、変えにくくなることで、かえって憲法を無視した政治が行われる事態を招くおそれが大きくなるし、反対に、硬性の度合いを弱めると、憲法保障の機能が失われてしまうと言われています。
手続きの厳格さと回数は無関係
現行憲法が「世界的に見ても改正しにくい」ものかどうかは、改正回数や表決数が3分の2か2分の1かという条件だけを単純に比べるだけでは不十分だと思います。改正手続きの厳格さもそうですが、各国の憲法が何を定め、またどういう内容に改正したいのかということも併せて考える必要があります。戦後の改正回数で見れば、ドイツが59回と突出し、フランスの24回、カナダの16回、イタリアの15回が多いようです。では改正内容はどうでしょうか。すでに述べたように、ドイツの基本法は日本ならば法律で定める内容を含むし、また連邦と州との関係の改正も多い。フランスも、人権を縮小したり、権力の拘束を弱めるような改正は最近では行われていません。カナダでも、16回の改正中7回が議員の議席数変更などの「議員の議席」に関する改正であり、6回が連邦と州との関係の改正です。
こうした諸外国の改憲内容に対して、自民党が一貫して求め、改憲論議の焦点となっているのは9条の改正です。しかし9条は、日本国憲法の基本原理に関わる、国家権力の増強に向けた改憲論であり、国民が改正に慎重になるのは当然です。
また、現行憲法が今まで一度も改正されなかったことについて、改憲の発議の「3分の2」という表決要件の厳しさが原因だと考えるのも正しくありません。先に見たように、日本国憲法以上に改正手続きが厳格な国でも、改正はたびたび行われています。
アメリカ合衆国憲法は、発議要件の厳格さは日本とほぼ同じであり、次いで求められる承認手続きに至っては、「州議会の4分の3」の賛成ですから、国民投票の過半数より厳格です。にもかかわらず、合衆国憲法では6回の修正(改正)が行われています。
ほかにもスイスの場合、全部改正と一部改正とで手続きが異なる上、国民発案も採用しているなど手続きは複雑ですが、1874年に採択された前憲法は1999年までに約140回も改正され、2000年からの新憲法もすでに20回以上の改正が行われています。憲法学の第一人者である芦部信喜博士は、このようなスイスの改憲状況を「スイス憲法は硬いとしても、スイス国民は軟らかい」と紹介しています。つまり改正手続きが厳格でも、改正回数は国民の識見次第で決まるものであり、厳格さと回数とは無関係だということです。
改憲手続きは厳しくて当たり前
すでに紹介したように、ドイツは基本法の改正回数が非常に多い国です。そのなかには、1956年の再軍備のための改正や、緊急事態条項を追加した68年改正のように、国家の命運に関わる改正も含んでいます。日本で言えば9条改正に匹敵するかもしれません。それでも、ドイツの議会は3分の2で改憲案を承認しています。この事実は、そのような重大問題でも、民意さえまとまれば両院において「3分の2」の賛成を得ることが不可能では全くないことを裏付けています。我が国でも、再軍備のために9条を改正したいのであれば、正面から国民に訴えて3分の2の議席を両院で確保するのが本筋です。参院か衆院の3分の1が反対すれば国民投票にも付せないのはおかしい、という主張が96条緩和論から主張されていますが、それは硬性憲法を掲げる先進自由主義諸国ではおかしいことでも何でもないのです。世界の事例を検証してみると、実際に憲法改正が行われたかどうかは、改正手続きの厳格さの度合いではなく、政治的・社会的変化によって改正の要求が生じたかどうかによるところが大きいのです。日本では、あくまでも、今まで争点とされてきた9条の平和主義に対して国民が改正を望んでいないために、改正が行われていないだけです。国民が憲法の内容について意思を表明する最も大きな機会は国政選挙ですが、今日まで国会の発議がなされていないことは、国民が選挙を通じて「9条改正は現状では不要だ」と明確に意思表示しているということなのです。
仮に、百歩譲って「世界的に見て改正しにくい」としても、それだけで96条を緩和すべきだという理由になるわけでもありません。日本が行った戦争の歴史に照らせば、世界的に見て日本の憲法が改正しにくいことを誇りにし、9条の平和主義という〈日本の英知〉を広める行き方もありえますし、それこそが憲法の趣旨と思われるからです。