生活保護を受けられない高齢者たち
「アパートの家賃が払えない」「もう何日もご飯を食べていない」……。私が代表を務めるNPO法人自立生活サポートセンター・もやいの事務所(東京都新宿区)には、年間1000人近くの方が生活の相談に訪れる。相談者の年齢層は、下は10代から上は80代まで。私たちは一人ひとりの方の生活状況を聞き取り、必要に応じて生活保護などの公的サービスの申請支援を行っている。
そんな相談活動の中で一番対応に苦慮するのは、生活保護をギリギリ受けることができない低年金の高齢者の相談だ。
2012年春に相談にやってきた70代の単身女性。月10万円の年金をやりくりし、東京都内の老朽化した木造アパートで生活をしている。家賃額は月2万円。アパートは築50年以上が経過しており、彼女以外の入居者はすでに退去。彼女自身も大家からアパートを取り壊したいので早く出て行ってくれと言われている。
ところが、ギリギリの年金額で生活をしているので、引っ越しをするにもお金がない。足腰も悪い状態だが、現状ではお金を節約するために通院回数も減らさざるをえない。さて、どうしたものか……。
私たちが考えたのは、生活保護の申請である。預金などの資産がなく、収入が生活保護基準を下回っていれば、年金生活者でも生活保護を受給することができる。生活保護を受給した上で、大家から立ち退きを迫られていると言えば、役所の方で転宅費も出してくれるはずだ。生活保護になれば医療費も無料になるので、定期的に通院もできるようになる。
生活保護を受給するためには、収入が生活保護基準以下である必要がある。収入が基準を上回っていれば、原則、受給はできないし、収入が基準を下回っており、「資産がない」等の他の要件も満たしていれば、基準との差額を保護費として受け取ることができる。生活保護の基準は地域や年齢、世帯の人数によって変化するので、彼女の場合はどうなるか、私は計算をしてみた。ところが、都内在住70代単身者の生活保護基準は生活費部分で7万5770円。家賃は実費分しか支給されないので、家賃が2万円の彼女の場合、基準は9万5770円となる。月10万円の収入がある彼女は、収入オーバーで生活保護適用外ということになってしまうのであった。
生活に困窮した高齢者が使える制度は事実上、生活保護しかない。私は現状では使える制度がないため、しばらくは今のままで我慢してもらうしかないと伝えるしかなかった。
受給拡大の背景にある年金制度の破たん
実は、70歳以上の高齢者の生活保護基準はもっと高かった時期がある。「高齢になると消化吸収の良い食品をとる必要があったり、墓参などの交際費にもお金がかかるため」という理由で老齢可算というプラスアルファの支給がなされていたからである。しかし、この老齢可算は小泉純一郎政権時代に段階的に廃止され(06年度に完全廃止)、今では逆に70歳を過ぎると基準額が下がるようになってしまった。そのため、彼女のようにギリギリで生活保護を受けられない低年金の高齢者が増えてしまったのである。日本の年金制度は「夫婦で持ち家がある」ことを前提とした制度設計になっているため、単身で賃貸アパートに暮らすお年寄りの多くが年金だけで生活ができない状況が生まれている。そこを支えてきたのが生活保護制度であり、生活保護受給世帯の実に半数近く(42.9%)を高齢者世帯が占めている。今後、超高齢化が進む中で、低年金・無年金の高齢者はさらに増えるだろう。私は、生活保護の問題の本質は、年金制度が人々の暮らしを支えきれないために、結果として多くの人が生活保護制度に流入していることにあると考えている。
生活保護基準引き下げを図る厚労省
老齢可算が廃止され、70歳以上の生活保護基準が下がったことにより、低年金の高齢者の一部が生活保護から排除された。そこに追い打ちをかけるように、現在、政府はすべての世代の生活保護基準を下げようとしている。厚生労働省は社会保障審議会生活保護基準部会において生活保護基準の改定を検討しており、低所得者全体の消費水準が下がっていることを理由に基準を下げようとしている。長引く不況の影響で生活保護の受給者が増え続ける中、基準を下げることで予算の抑制を図る方針だ。
生活保護基準の引き下げは、受給の可否を決めるラインの変更を意味すると同時に、受給している人への支給額が減額されることを意味する。ラインが下がれば、今までは受けられたはずの低所得者の一部が生活保護から排除され、受給できる人も月々の支給額が下がって、生活が苦しくなる。受給者の生活への影響についても、憂慮されるのは高齢者へのダメージである。老齢可算が廃止され、高齢の生活保護受給者への支給額が下がってからは、夏に熱中症で倒れる受給者が増加した。日々の食費等についてはやりくりできても、エアコンの購入費や故障時の修理費が捻出できないため、猛暑の夏を乗り越えられない人が増えたからである。支給額がさらに下げられれば、熱中症で倒れる高齢の受給者はさらに増えるだろう。
基準引き下げは国保や最低賃金にも連動
もっと広範囲に及ぶ影響もある。生活保護基準は「ナショナルミニマム」(政府が国民に対して保障する最低限度の生活水準)と言われ、さまざまな制度と連動している。そのため、生活保護基準が切り下がってしまえば、就学援助の給付対象基準、地方税の非課税基準、国民健康保険や介護保険の保険料減免基準など、様々な制度の基準も連動して下げられてしまうことになる。この中で最も影響範囲が広いのは就学援助であろう。就学援助を受ける小中学生は過去最多になり、11年度で157万人。6人に1人の子どもが受けている。その給付水準は地方自治体により異なるが、生活保護基準の1.1~1.3倍に設定されていることが多い。そのため、生活保護基準が下がれば、今まで就学援助を受けられていた家庭も一部が排除されることになってしまう。
さらに民主党政権になって上げられてきた最低賃金も、07年の法改正により「生活保護に係る施策との整合性に配慮する」ことが明文化されたため、生活保護基準が下がれば、良くて頭打ち、最悪の場合、連動して下げられてしまう危険性がある。
非現実的な自民党「現物支給」案
これらは野田佳彦政権下で起きている動きであるが、一方で自民党はもっと厳しい生活保護抑制策を提案している。12年4月に自民党のプロジェクトチームが発表した生活保護改革案では、支給額の10%カットに加え、食費や被服費、住宅費を「現物給付」化することを提案している。日本維新の会も同様の改革案を提示している。だが、全国に212万人以上いる生活保護受給者の中には、流動食しか食べられない寝たきりの高齢者もいれば、乳幼児もいる。また、年金や就労収入があり、不足分だけ生活保護費を支給されている人も多い。こうした多様な状況にある各世帯にそれぞれどのような中身の「現物」を支給するのか。自民党案は制度設計の点でも疑問点が多い。
そもそも生活保護制度は「健康で文化的な最低限度の生活」(憲法25条)を保障するための制度である。現物を与えられるだけの生活が「健康で文化的」と言えるのか、ということは問われるべきであろう。
芸能人の親族の受給がきっかけになり、とかくマイナスイメージで語られることの多い生活保護。その制度の在り方について、今ほど冷静な議論が求められている時はない。