なぜ、ネット依存外来を立ち上げたのか
2008年に厚生労働省の研究事業で成人における飲酒の調査を行った際、初めてインターネット依存についても調査してみました。すると20歳以上の男女のうち、約2%がネット依存だという結果が出たのです。数にすれば、約270万人。しかし当時、専門的に治療している病院はほとんどありませんでした。そこで長年、依存症を治療してきたノウハウを持つ当院が、11年7月にインターネット依存専門外来を開設したのです。最初は閑古鳥が鳴いていましたが、13年10月の時点で、新たに診察を希望する患者さんは半年待ちという状態。これまでにセンターで診てきた患者さんは、150人ぐらいです。ネット依存の病理とは
患者さんで特徴的なのは中高生が全体の半分を占め、依存しているのがオンラインゲームだということです。オンラインゲームには、大きく分けて「シューティングゲーム」と、「MMORPG」と言われる多人数参加型のロールプレイングゲームの二つがあります。ゲームを始めてから依存状態になるまで2~3カ月と、非常に短期間ではまってしまうのも特徴です。オンラインゲームの場合、多くの人間が参加して盛り上がるのが夜10時以降なので、寝る時間が朝の4時、5時になってしまいます。しかもゲームの中の自分には役割があるので、ネット上の仲間との関係を壊すのが嫌で、眠くても勝手に抜けられない。当然、朝は起きられず、遅刻するか、学校を休むことになります。
オンラインゲームでは時間をかければかけるほどレベルが上がり、誰でもヒーローになれますから、強くなるため、喝采を浴びるために、長時間遊び続けるようになります。
学校の成績はガタ落ちですが、本人はそのままでもいいと思っています。休めば昼からゲームができるので学校にも行かなくなり、昼夜逆転で一日中、遊んでいるという生活になります。やがて学校を辞めざるを得なくなって家にひきこもり、ニート状態となることもあります。
両親は突然、奈落に突き落とされた気分でしょう。何とかゲームをやめさせようと、ケーブルや無線LANの接続を切ったりすると、いきなり子どもの形相が変わる。大暴れをしたり、家族を殴ったりして、家の中はぐちゃぐちゃ、まさに修羅場です。
金銭トラブルに、健康被害も
オンラインゲームの「課金」というシステムも問題です。より強力な武器やアイテムを手に入れるために、お金が必要なのです。実際、100万円単位のお金が動くこともあるようです。課金のために親の金を盗んだり、万引きしたりと、犯罪につながるケースも起こっています。健康への影響も見過ごせません。睡眠障害はほぼ100%の子にあります。動かないので、血液はエコノミー症候群に近い状況になっています。食事をする時間も惜しんでゲームをするタイプの低栄養状態か、動かないでずっと何か食べているタイプのメタボ状態か、どちらかですね。運動能力が落ちていて筋力や体力は最低レベル、歩かないので足の骨ももろくなっています。
問題が見えにくい、スマホ依存
ここに来て、スマホやタブレットの問題が増えています。スマホは持ち歩けるので一見、普通の生活をしているように思えますが、実態はチャット、掲示板、動画、LINE、パズドラ(スマホ用ゲームアプリ「パズル&ドラゴンズ」)と、一日中、ひっきりなしにスマホを使って何かをやっています。やはり成績が落ち、朝は起きられなくなる。診察で「夜10時には、スマホを親に渡そうよ」と言うのですが、LINE仲間から連絡が入るかもしれないと気になってしょうがなく、渡せない。完全にスマホに縛られているのです。
オンラインゲーム依存は圧倒的に男の子ですが、スマホを含めたネット依存は女の子が多いようですね。12年の秋、中高生10万人に調査をした結果、ネット依存だと思われるのは男子6.4%、女子9.9%と、女の子のほうが高いということがわかりました。当院に来るのは6対1で男性多数ですが、これは、比較的症状が見えやすいゲーム依存の子が連れて来られることが多いからでしょう。女の子たちはスマホで、ゲーム以外の何か、おそらくSNSにはまっているものと思われます。これからは、スマホ依存の患者さんが増えてくるでしょう。
治療はどのように?
ネット依存というと軽いイメージがありますが、深刻さはアルコール依存と肩を並べるほどのものです。第三者が入らないと、状況は動きません。家庭内で無理に解決しようとしないで、治療機関に行きましょう。ただし、本人にしてみれば嫌なのに無理やり連れて来られるので、最初はわれわれ医師も「敵」。ですから、検査を重ねることで何回か通ってもらって、患者さんとの信頼関係を作っていくのが治療の第一歩です。治療は、人それぞれですね。ゲームをやめさせるというより、テニスに夢中になったり、アルバイトの仲間との付き合いが面白くなったりするよう、より健康的な代替行為を一緒に考えていくのが、ネット依存の本来の治療の在り方だと思います。
ネットを遠ざけるための入院治療もあります。ただし、親が希望していても、本人の同意なしには入院はさせません。本人が治したいという気持ちを持たないと、治療は始まりませんから。睡眠障害など併発している問題には薬を使いますが、ネット依存自体には使いません。カウンセリングと教育と認知行動療法で、意識を変えていくようにします。そうして最後は、オンラインゲームを止める、アカウントを消す、遊ぶ時間を短くするなど、それぞれの着地点を決めて、治療を卒業していきます。本人の意識を変えて、自ら今の状況を変えて行こうと思わせることが重要なのです。
今後、必要とされる対策、取り組みは?
まず、小学校低学年の段階から、学校でインターネットの正しい使い方について教育すべきだと思っています。スマホやSNSの知識に関しては、お父さん・お母さん世代の方が子どもよりずっと遅れていますから、教師やPTAに対して、専門家による教育も必要でしょう。また、オンラインゲームの制作会社に対して、何らかの規制があってもいいと思います。国からであれ、自主規制であれ、倫理的な考え方があっていいはずです。
それに、スマホは何の規制もなく販売されていますが、未成年の依存症や犯罪につながる危険性を考慮して、ネット接続の年齢制限などに関するガイドラインを、国が示すことが望ましいですね。親も、安易に与えるのではなく、買う時はきちんと子どもと取り決めをしてください。一番大事なのは時間を決めること。これが守れないとネット依存の危険信号だと思っていいでしょう。
13年8月、厚生労働省の調査で、中高生の約52万人がネット依存状態にあるという結果が出ましたが、これは核心を伝えています。子どもや友人からネット依存の兆候を感じたら、外部に相談してください。今は相談できる窓口が少ないのですが、保健所などの身近なところにネット依存に対応する窓口をつくり、専門の治療機関につなげるルートを作ることが急務だと思っています。