バカッター、みんなで送れば怖くない?:内輪受けとネット社会
回転ずしでしょうゆ差しを鼻の穴に突っ込んだツイート(図表3*1)や、電車の中で全裸になっている写真を投稿したり(図表3*2)と、バカッター騒動は収まる気配がない。どうしてこういう輩(やから)が、後を絶たないのだろうか。これまで、ルール違反や迷惑行為の専門家として、いくつかの研究を行ってきた。もちろん、バカッター騒動というのは格好の飯の種である。騒動の当事者を「バカだよなぁ」と思う人も多いはずだが、別にバカッター騒動の元になるような行為は、今に始まったことではない。
だいたいどこの学校でも、一人二人のお調子者ややんちゃな子というのが、周囲の関心を引こうとして、悪ふざけをすることがあったはずである。バカッター騒動とは、その延長で軽い気持ちでやった悪ノリが、ツイッターという道具を介して世界中に広がってしまったという話である。アイスクリームケースに寝そべったりする(図表1*3)のは、別に店を潰そうといった、悪意があっての行為ではない。本人はちょっとした悪ふざけ程度の認識であり、周囲の友人たちは、ケラケラ笑って大受けしながら、バカな姿をスマホで撮っていたというだけのことである。
問題は、世界中にそれを発信できてしまう、ツイッターというツールが登場したことである。そういう意味で、簡単にツイートできてしまう、スマホの普及あってこそのバカッター騒動であり、いかにも時代を反映した迷惑行為だと言える。
バカッターの連鎖:愉快犯と模倣犯
ただし、行為をさらすといっても二つのパターンがあることは、留意しておく必要がある。一つ目は、内輪受けを自ら進んで、世の中にまき散らしていたパターンである。つまり、お調子者のおふざけをクラスメートが笑っている延長で、きっと世の中の多くの人たちも喜ぶに違いないと、本気で思ってしまっていたケースである。言うまでもなく教室の中ですら、眉をひそめて冷めた目で見ている同級生は少なくはない。笑ってくれるのは仲間内だからであり、そうでなければバカな行為は不愉快なだけなのだが、そういうことに気がつかない人は確かにいる。まぁ、愉快犯と言ったところである。二つ目は、仲間内で共有した程度のつもりだったものが、漏れてしまったというケースである。ツイッターには、リツイートという機能がある。これは、友人のフォロワーに、つぶやきが自分の名前のまま投稿されてしまうというものである。自分のフォロワーが友人で、内輪受けのつもりで投稿したとしても、一人が「俺のツレなんだけど、こいつバカだろ?」と、軽い気持ちでリツイートしたらどうなるか。本人の名前で、見ず知らずの人が自分のバカな行為を目にすることになる。恐らくは、ツイッター騒動のほとんどが、こちらではないかと思われる。
トモダチのトモダチは、またトモダチだ……という番組ではないが、権威に対する服従についての実験(アイヒマン実験)で知られるアメリカのスタンリー・ミルグラムという社会心理学者が、1967年に「Six Degrees of Separation」という研究を発表している。日本では「6次の隔たり」などと命名されているのだが、だいたい6人の知人の連鎖を介せば、国中のどんな人ともつながってしまうということが、実験で証明されているのである(スモールワールド実験)。世間というのは、想像以上に狭いものであり、フォロワーのフォロワーなど、友人でも何でもない、赤の他人になる可能性は高い。
恐らくほとんどのツイッターユーザーは、自分がバカッター騒動の当事者になるなど、考えたこともないだろう。実際にその通りで、炎上騒ぎに巻き込まれる人は、ユーザー全体から見れば、極めてレアケースである。しかし、世の中には色々な人がいる。軽い気持ちでつぶやいたことが、たまたま見ず知らずの人の心の琴線に触れてしまい、批判されたり炎上するといったことは、決してゼロではない。
社会は多様な価値観を内包しているので、自分と同じ考えの人も、全く違う人もいる。ツイッターにせよ何にせよ、インターネットのコミュニケーションツールを利用する場合、まず考えないといけないのは、自分の発言・書き込みが、世界中の人の目にとまる可能性である。ツイッターも、普段はごく近しいフォロワーしか見なかったとしても、時に内輪受けの範囲を簡単に越えてしまう。
そうなる原因は、社会の広さとか日本の人口規模というのが、投稿者の想像を超えたスケールである点にある。自分のつぶやきや書き込みが、学校中の人に見られて恥ずかしい……といった次元なら実感はあるだろうが、数百万人、数千万人の規模など想像もつかないのである。新宿駅や大阪梅田駅を行き交う人どころか、新幹線に東京から大阪まで乗ったときに、車中から見える家々の住人全てよりも、はるかに多くの人たちが見るかもしれない。それが事実なのだが、想像できれば普通の神経なら、恥ずかしいつぶやきをしようとは誰も思わないだろう。
もう一つ。良いことなら問題ないのだが、この手のたぐいのことは、必ず模倣犯が出てくる。過去の騒動にも、POS端末に股間を押し当て、「これやった(ら)店潰れるの?(カッコは著者補足)」とツイートしたコンビニ店員がいた(図表2*4)。これなどは完全に、その前に起きたバカッター騒ぎを模倣したケースだが、世の中には騒動を見て「自分はやめておこう」という、至極まっとうな思考ができない輩がいるのである。軽いおふざけで、誰にも迷惑をかけてないじゃないか(実際には大ひんしゅくを買っている訳だが……)という人も、真似(まね)をするバカが後に続くことまでは、絶対に思いが至っていないのである。
バカッターにならないために:身近な想像力と思いやり
なお、バカッターをかばう意図はないのだが、これを炎上させる側も、集団リンチの様相を呈しているのが気になる。炎上騒動は、ツイッターに加えて、2ちゃんねるがその中心的役割を果たしている。馬鹿な行為を批判するスレッドが2ちゃんねるに立ち、それに群がるように、批判的なコメントが後に続く。それにとどまらず、バカッターの素性を調べ上げ、プライバシーを暴露したり、警察や職場に匿名の電話が殺到したりする。もう一度書くが、バカッターのほとんどには悪意などない。思春期特有の自己愛を持て余した「中二病」がこじれたような悪ふざけである。事実、炎上事案のほぼ全てが、若年層によって引き起こされている。2ちゃんねるのコミュニティーでは、不快な行為をさらしたことに対し、自分は常識人だという意識が「錦の御旗(にしきのみはた)」となり、見ず知らずの者同士で、寄ってたかってボコボコにする。