ガソリン車同等の充填時間と走行距離
燃料電池車(FCV;Fuel Cell Vehicle)とは、燃料電池を搭載し、走りながら発電して動力を得る電気自動車である。電気を使ってモーター走行するところは、蓄電池(バッテリー)を搭載した、いわゆる電気自動車と同じだが、電気を得る手段が異なる。結果、走行するためのエネルギー補給の仕方が異なり、燃料電池車は、燃料の水素を充填する。それに要する時間は、「ミライ」の場合、70Mpa(メガ・パスカル=700気圧)の高圧タンクに水素を満充填するには約3分である。その水素充填時間は、エンジン車のガソリン給油とほぼ同等といえ、クルマの使い勝手を従来と変える必要がない。
また、1回の水素充填で走行できる距離は約650キロで、これもエンジン車並みの距離ということができる。
これに対して、バッテリーを搭載する電気自動車は、エネルギー補給のため充電を行うが、これが、普通充電と呼ばれる自宅などでの充電で7~8時間かかる。このため、エネルギー補給の時間に格段の差がある。また、満充電で走行できる距離が、リチウムイオンバッテリーを使用しても200キロ前後ということであり、充電時間と走行距離の性能差から、燃料電池車開発が起こったといえる。
1990年代から開発が本格化
燃料電池車の開発が、世界の大手自動車メーカーで始まったのは1990年代のことだ。トヨタは、92年から開発を始めていたとするが、世の中に燃料電池車を登場させ人々の目に触れさせたのは、94年のダイムラーベンツ(現在のダイムラー社)であった。ただし、世界初という話になると、66年に、ゼネラルモーターズ(GM)が、燃料電池を搭載するバンを作っている。そもそも燃料電池という発電方法が登場するのは、アメリカ航空宇宙局(NASA)の有人飛行計画を発端とし、65年の宇宙船ジェミニ5号で採用された。GMの燃料電池車製作は、こうした背景から世界に先んじたのであろう。
日本の自動車メーカーが開発する燃料電池車には、バッテリーも搭載されている。理由は、減速時の回生エネルギー(モーターを発電機に切り替え発電した電力)を回収し、これをバッテリーに充電して、次の発進・加速でモーター駆動の補助とするためだ。回生することにより、燃料の水素消費量を抑え、全体的なエネルギー効率を高める狙いがある。したがって、燃料電池車といえども、バッテリーは使っている。ただし、外部からの充電は行わない。
普及に立ちはだかるインフラの壁
日本は、2015年を市販の一つの節目として、燃料電池車を普及する長期的なロードマップを描いている。燃料電池車を作る自動車メーカーと、水素ステーションを展開するエネルギー企業が一致して、11年から共同歩調を取り始めた。それというのも、水素充填の拠点が増えなければ燃料電池車が実用にはならない。一方、燃料電池車の普及が進まなければ、水素ステーションも営業が成り立たないという、鶏が先か卵が先かで、燃料電池車の普及を前進させられないからである。トヨタは、それにこたえ、燃料電池車の発売を前倒しで実現した。ホンダもまた、燃料電池車の15年度中での国内発売を目指すと表明した。
一方、水素充填拠点の普及はそう迅速にはいかない。その理由はいくつかある。
一つは、水素ステーションの設置に、5億円ほどの費用がかかることだ。これに対し、概算で、ガソリンスタンドなら約5000万円、急速充電器設置なら約500万円で済むという比較が成り立つ。
現在、ガソリンスタンドの軒数は3万4000軒ほどだが、クルマの燃費向上や、地下貯蔵タンクの交換などといった情勢から、年々ガソリンスタンドの数は減る一方だ。ちなみに、最もガソリンスタンドの軒数が多かったのは1994年で、6万軒を超えていた。エンジン車の燃費そのものがここ10年ほどで20%ほど向上してきており、その分がそのままガソリン消費の低迷につながっている。
高価な水素ステーション
電気自動車の普及台数はまだ3万台ほどで、車両価格の高さもあるが、充電拠点の少なさが原因という世評がまかり通っている。だが、すでに2100カ所を超える急速充電器が設置されており、普通充電と呼ばれる家庭や出先での充電設備も加えるとその倍以上の充電設備がすでに設置済みだ。これに対し、水素ステーションは現在十数軒しかなく、ロードマップ上では2015年中に100軒に増やす予定となっているが、100という数字がどれほど少ないかは、ガソリンスタンド軒数や急速充電器の数に比べ、比較にならないのは誰の目にも明らかである。しかも、その設置費用が、ガソリンスタンドの10倍、急速充電器の100倍かかる。ちなみに、政府では水素ステーション建設に2億8000万円の補助金を用意しているが、残る2億2000万円は自己負担となる。
水素製造にも克服すべき課題
次に、水素をどのように製造するか、ここにも課題はある。水素は、石油や天然ガスなどの地下資源の改質(組成・性質を改良する)や、水の電気分解、製鉄などの副生(副次的に生産されること)で得られるという。だが、現実的にいま水素を生み出しているのはナフサや天然ガスからの改質による。これでは、資源の無い日本にとって、何らエネルギー保障とはなりえない。相変わらず、地下資源頼みのエネルギー施策である。水の電気分解による水素製造には、大きなエネルギー消費を伴う。水は非常に安定した化合物で、水素と酸素に簡単には別れない。そして効率的に水を分解するには1000度近い温度で水蒸気にする必要などがあるためだ。そのような高温を手に入れるためにエネルギーが消費される。再生可能エネルギーで水を電気分解すれば二酸化炭素排出はゼロになる机上の計算は成り立つが、天候によって変動する電気でどのように安定的に水素を製造するのか。研究は進んでいても実用化への道のりは長い。
副生水素(製鉄に使うコークスを石炭から得るためのコークス炉で生じる水素など)は、すでに製鉄すれば日々発生しているので、これを使えば余分なエネルギー消費の上乗せはない。だが、副生水素を燃料電池で使うための採取や運搬などの設備投資がいる。経済性がまだ確保できていない燃料電池車のために、鉄鋼メーカーなどは投資することができるのか。
以上のような、水素という燃料を手に入れるための課題はあれこれある。
意外に大きくなる二酸化炭素排出
その上で、水素が手に入ることになったとしても、燃料電池車への充填段階でエネルギー消費が大きく、二酸化炭素排出量を増やす課題が指摘されている。自動車メーカーの燃料電池車開発担当の技術者は、燃料電池車に搭載する高圧タンクについて、35Mpaまでであれば、環境負荷を抑える目的で燃料電池車を導入する意味はあるが、70MPaでは意味が薄れると過去にコメントしている。すなわち、かえって二酸化炭素排出量を増やしてしまうことになるというのだ。
その理由は、水素充填の手順による。35MPaまでであれば、水素ステーションで高圧にした水素をそのまま充填すれば済むが、70MPaになると充填する際に冷却が必要になる。これを、プレクールと呼ぶ。
気体は、圧縮すれば温度が上がる。身近な例で、自転車のタイヤに手持ちの空気入れを使うと、空気を圧縮することによって空気入れが温かくなってくる。そして気体は、温度が高くなれば密度が薄くなる。すなわち、ある限度以上は密度を上げられなくなる。水素も同じで、このため、70MPaタンクへの水素充填には、プレクールが欠かせなくなるのだ。