少子高齢化が進む日本でも他人事ではありません。ただでさえ「見えない」存在である、家庭における介護者。その中でも、社会的な知識や経験が圧倒的に不足している子どもたちに、今何が起きているのでしょうか。
ヤングケアラーを調査・研究している澁谷智子・成蹊大学准教授に、イギリスの先行調査や制度について、また日本の現状について聞きました。
親をサポートする子どもたち
――なぜヤングケアラーに関心を持たれたのでしょうか。澁谷 大学院時代、私は言語とそれを取り巻く文化に関心を持って、比較文化研究をしていました。たまたま手話に惹かれて勉強したのがきっかけで、博士論文では聞こえない親を持つ聞こえる子どもたち、「コーダ」について研究したんです。このとき、当事者の方たちにインタビューしたんですが、中には、子ども時代の通訳の経験を話してくださる方がたくさんいました。とくに、銀行、役所、金融会社、不動産関連、保険会社などとの通訳は大変だったようです。大人の会話を子どもの語彙(ごい)と判断力、知識、経験で通訳をしなければいけないからです。そういう話をたびたび聞いて、私は、子どもの年齢に合わないレベルの責任って何だろう、と思うようになりました。そんな折に、たまたま障害学会でALS(筋萎縮性側索硬化症)の親を持つお子さんたちの研究をされた土屋葉先生(愛知大学准教授)の発表があり、ヤングケアラーという概念を初めて耳にして、コーダの子たちにすごく似ていると思ったんです。コーダの子たちとヤングケアラーの、どこが似ていてどこが違うのかを知りたい、というところから始まりました。
「ヤングケアラー支援」先進国、イギリスへ
――イギリスに行かれたのはいつですか?澁谷 最初は2010年です。コーダ研究の延長で2カ月ほど勉強に行ったんですが、その時には、聞こえない親だけでなく、精神障害のある親をケアする子どもたちも目にしました。
日本では20代、30代もヤングケアラーと言われていますが、イギリスの定義ではヤングケアラーというのは18歳未満なんです。18歳から24、25歳のケアラーは「ヤングアダルトケアラー」と呼ばれています。日本では、その訳語として、「若者ケアラー」という言葉も使われるようになってきています。
日本の福祉は障害者福祉、高齢者福祉、児童福祉に区分されていますが、イギリスでは福祉が、児童福祉と大人向けサービスに分かれているんです。ケアを受ける人がこのように縦割りに捉えられている中で、行政のどの部署がヤングケアラーのことに責任を持つのかというのは、ごく最近まで明確にされていませんでした。しかし、そうした中でも、ヤングケアラーのことに特化して支援する「ヤングケアラー・プロジェクト」が各地で作られていきました。今日ではイギリス中で300を超えるぐらいのプロジェクトがあると言われています。
――イギリスでヤングケアラーへの支援が始まったのはいつごろからですか?
澁谷 1980年代末から問題提起が始まり、90年代半ばになって全国規模の調査が実施され、支援が始まりました。イギリスでも、ヤングケアラーは長いこと「Hidden Carer(見えないケアラー)」と呼ばれていて、それをどう発見するかがサポートの第一段階と言われていました。発見するためには周りの人たちが意識を持たないといけないので、そのためには大人も啓発しなくてはいけない。
また、ヤングケアラーのイメージがあまりに過酷すぎると、自分はそこまでではない、ヤングケアラーとは言えない、と思ってしまうので、ヤングケアラー自身が「自分はヤングケアラーだと思ってもいい」という土壌をつくることも大切です。家族のことを気遣ってケアに関わっている、その事実を認めて評価していく仕組みも、もっと作っていく必要があると思います。イギリスの定義では、主介護者だけでなく、補助介護者もヤングケアラーと見なされるんです。
――例えばお母さんが倒れれば、子どもは家事をしなくちゃいけなくなる。そういう子どもも、ヤングケアラーと呼ぶのですか?
澁谷 ええ、そのレベルでもヤングケアラーと見なされ、サポートが必要と考えられています。2度目の渡英で滞在したウィンチェスター(イギリス南部の都市、人口4万人規模)では、地域にヤングケアラーのクラブがあり、私は8~11歳のグループのボランティアになったのですが、そこにはそうした子どもたちがけっこういました。毎週水曜日、地域の青少年センターで、放課後午後4時半から6時まで集まってお互いの話をしたりするんですが、一人親家庭の子どもや、両親はいるけれど障害のあるきょうだいの面倒を見ている子どもが多かったです。担っているケアや責任が比較的軽い場合であっても、子どもの年齢や性格、環境によっては、その子の生活に大きな影響が出てしまうことがあります。そうした子どもたちをすべてヤングケアラーと捉えてサポートしている、というのが驚きでした。逆にそのクラブのスタッフに、日本では排泄(はいせつ)介助をしている高校生がいるという話をすると、子どもにそんなことをさせているのかと、とても驚かれました。
――イギリスでは大規模な調査が何度もされていますが、ケアを担うことで、子どもたちにはどんな影響が出てきますか?
澁谷 自分のことにあまり時間を使えないので、学校の宿題や勉強や友達とのつきあいが充分にできなかったり、同世代に対して心理的な距離を感じてしまったりすることが出てきます。疲れが溜まっていけば、遅刻や学校に行けないことも出てきますし、成績や人間関係でも思うような成果を出せない中で、進路や就職も狭めて考えていってしまう、それを家族にも相談できない、ということはあると思います。
「見えない」ヤングケアラーをどうやって見つける?
――日本でヤングケアラーについて、新聞が採り上げるようになったのは、澁谷さんの調査がきっかけでしたね。澁谷 イギリスでヤングケアラーの状況を知ったとき、日本でも出てきそうな問題だとすぐに思いました。とはいえ、日本で何をすればいいかわからずにいた時期もあったのですが、2013年、医療ソーシャルワーカーを対象にアンケート調査を実施しました。回答者402人中約35%が「これまでに18歳以下の子どもが家族のケアをしていると感じた」と答えていました。子どもがしていたケアの内容は「家事」がいちばん多く、「きょうだいの世話」「情緒面のサポート(ケアの受け手の感情の状態を見守ること、落ち込んでいる時に元気づけようとすることなど)」「一般的ケア(薬を飲ませる、着替えや移動の介助など)」「請求書の支払い、病院への付き添いや通訳」と続きます。急性期病院のソーシャルワーカーのほうが、ヤングケアラーの存在に気づいているという感触がありました。
――14年には日本ケアラー連盟と、イギリスのヤングケアラー支援団体の方を呼んで、シンポジウムも開きましたね。
澁谷 20年前から活動している「子ども協会 包摂プログラム」のヘレン・リードビターさんをお呼びしました。ヘレンさんは、11年のイギリス国勢調査でヤングケアラーが子ども全体の約2%いるというデータが出たことを示しながら、「もっと多いはずだが、発見が難しい」と言っていました。学校や医療機関でヤングケアラーを発見してもらうため、教師や医療専門職たちの啓発活動に力を入れていることや、ヤングケアラーには大人の介護者とは違う支援が必要だということ、どんな福祉サービスも子どもの過度なケア負担に依存してはいけないと考えられていることなどを報告してくれました。