近年、このAVに出演させられた、もしくは出演を迫られている若い女性・男性からの相談が、私たちの団体「人身取引被害者サポートセンター ライトハウス」に相次いでいる。その経緯を聞くと、リクルートの方法や出演契約の締結、さらには性行為を伴う撮影にいたるまで、普通に考えれば脅迫、強要、詐欺行為ともいえる事例が多い。
しかしなぜか、AV制作の現場では犯罪性を問われない。多くの相談者が、例えば強引な勧誘や、虚偽のある求人広告を介し加害者と会い、その後違約金やペナルティーが発生するような契約書に署名をさせられ出演を余儀なくされているにもかかわらず、である。
被害者は「望んで」出演したのか?
ライトハウスが受けたAV出演強要被害の相談によると、被害に遭う人たちの年齢は10代後半~20代前半に集中している。社会経験がまだない人も多いし、恋愛経験や性経験は「これからの時」という人もいる。相談内容としては、学校や職場に知られ普通の生活が送れなくなった、撮影時の恐怖が思い出されて眠れない、被害後何年も精神科に通っている、など。相談を受けた後に、ご家族から「当人が自死した」という連絡をもらったケースもあった。AV業界全体で、望まない撮影をされる人たちがどれくらいの割合を占めるのか、残念ながら正確な数字はわからない。私たちの団体だけでも、2016年の1年間に100人の相談者から、望まないAV出演に関する相談を受けた。しかも相談件数は年々増加していて、ともすれば対応が追いつかないほどにまでなっている。
それでもなお、中には「忘れたい」「自分が悪い」と誰にも相談せず、自分自身を責めている人も多く、私たちのような支援団体を見つけて相談をしてくる人は、ほんの一握りの被害者だと思われる。
多くの相談者と出会う中で、AV出演強要被害の入り口は、AVという言葉が出てこないアルバイト情報やスカウトであることがわかった。相談者たちは、モデル事務所や芸能事務所と称するところからスカウトされたり、募集広告に「高収入」と書かれたモデルやキャバクラなどのアルバイト情報を見て自ら応募している。その後、プロダクション(AV出演者のマネージメント等を行う会社=AVプロダクション)に説得されて制作会社へ面接に行き、契約が決まったら撮影が計画される。
相談者の中には、「アダルトビデオ」というのが具体的に何なのかわからなかった、という人も多い。撮影現場で性行為をすると初めて聞き、頭が真っ白になってしまった人もいる。一方で、AV出演強要被害を訴えた人への社会の一般的な反応は、「画面の中では楽しそうに笑っているじゃないか」「監禁されているわけではないし、どうして逃げなかったのか?」「なぜそもそも出演の契約書に署名したのか?」というのが大半だ。確かに私自身も相談を受け始めたときは懐疑的だった。
しかし、その後も多くの相談者の話を聞くことで、巧妙な出演強要の仕組みがわかってきた。
割のいいバイトだったはずが……
事例として、最初にA子さんのお話をしたい。専門学校に通うA子さんは、仕送りと奨学金では生活がギリギリのため、学業と両立できるアルバイトを探していた。検索で出てきたのはモデル事務所。イベントなどでモデルとして活動することで、一つの仕事につき3万円以上の収入を得られると書いてあった。連絡を取り、小さなマンションの一室で面接を受けた。「グラビアモデルやAV女優の仕事もあるけど、仕事は選べるからぜひ登録だけでもして」と説明された。目の前には「出演等承諾書」という紙が置かれた。撮影内容として、性的な行為も含むことが書かれていたが、事務所の人からは「こう書いてあるけど、仕事を選ぶのはあなただから安心して」と言われた。A子さんは不安に思い、「もう少し考えたい」と言ったが帰らせてもらえず、長時間におよぶ説得が始まった。そしてとうとう拘束に疲れ果て、契約はあとから無効にできるものと思い、契約書に署名をして帰った。署名後には上半身裸の写真も撮られた。
その後、事務所から「君のデビューが決まった」と連絡が入り、撮影当日は朝7時に事務所のマネージャーが自宅まで車で迎えに来た。「一日中の撮影で疲れるから」と言われ、そのときは優しさを感じた。しかし車の中で台本を見せられ、性行為を撮影するAVだとわかった。そこでA子さんが「出ません」と言っても、「誰でもこんないい仕事をもらえるわけではない」「プロがメイクして、髪も整えて別人になるから誰にもばれない」と、聞く耳を持ってくれなかった。
撮影直前まで、A子さんはマネージャーに「無理」だと伝えたが、他の撮影クルーにも囲まれ、「今からぁ? 今からだったら違約金がかかってくるよ」「やめたらどれだけ皆に迷惑がかかると思ってる?」と返された。撮影が中止になることはなかった。
数カ月後に出演作品が発売された。「絶対にばれない」と聞いていたのに、すぐに噂になって実の兄に知られてしまった。いつか親や学校関係者にも知られてしまうのか、と怖くなって眠れなくなり、「どうにかできないか?」とネットで相談窓口を探していたときに、私たちのことを知ったという。
その後、ライトハウスの紹介で弁護士が彼女の代理人となり、制作側との交渉が始まった。大変だったのは、契約書等の記録がなかったことだ。「誰かに見られたら驚かれるでしょう? 預かっておくよ」と事務所側に言われ、契約書のコピーを渡されなかった。撮影に関するLINEでの説得のやりとりも、「友人に仕事の会話がばれたらイヤだよね」と、事務所の人間に言われて消してしまっていた。
契約書を取り寄せる交渉から始まり、時間はかかったものの、20歳未満の未成年時の契約だったので販売は停止された。彼女は今、日本司法支援センター 法テラス(一定の条件に当てはまる場合に、低料金で法律相談が受けられる)を使い、毎月のアルバイト代から弁護士費用を少しずつ払っている。しかし作品はすでに違法コピーされており、わずかではあるが個人のブログや動画配信サイトなどで今も流されている。
話がどんどん変わっていく
次にBさんのお話をしたい。Bさんは男子大学生で、趣味で読者モデルとして活動をすることもあった。ある日、あるSNSで男性に話しかけられ、「モデルをやっているのなら、すごく割のいいバイトがあるから紹介したい」と言われ、お金に困っていたこともあり事務所に行くことにした。そのモデルのバイトとは、AV撮影だった。「女性との絡みがあるうえに、お金ももらえる」「誰もができる仕事じゃないし、目線(目隠し線)を入れるので絶対にばれない」と言われた。そのときは興味がなかったわけではなかったが、出演が周りに知られてしまうリスクを考え断った。しかし数週間後、改めて「秋葉原の専門店のみで販売するタイトルの俳優を募集している」「報酬は当日支払われる」と言われ、さらに「20歳以下だと、面接に来てくれたら交通費プラス謝礼を出す」という説明にも惹かれ、事務所で話を聞くことに応じた。
事務所では早速、謝礼を渡され、そのうえでAV撮影の日程の話が始まったが、有無を言わせないような雰囲気があった。学生証のコピーを取られ、契約書へのサインを要求された。撮影当日、早朝に到着すると女性は一人もいなかった。撮影は男性同士の絡みのゲイビデオだった。男性との絡みのほうが、報酬が倍になるからと言われたが、自分はできないと言うと、「今日撮影ができないとなると、バラシ(撤収)代がかかる。君は払えるの?」と言われた。大勢の人に取り囲まれ、断ることは難しかった。「流れに身を任せたらいいから」と言われ、なされるがままに受け身の形で裸にされ、撮影に応じてしまった。撮影後、数万円の謝礼が支払われ、領収書への受け取りサインを求められた。
その後、販路も限定されるはずが、Twitterなどを介して大々的に販売が告知された。動画が配信されている会員サイトでは、Bさんの顔画像の目の部分にかろうじて黒いラインが入れられていた。2本目、3本目の撮影があるからという連絡が頻繁に入り、無視していると、撮影に応じないと配信サイトの目線を取って掲載をする、と脅された。同級生や知人の中で噂になることや、自分の通う大学にも知られることだけは避けたいと思った。
Bさんはライトハウスをネットで見つけ、LINEを使っていくつもやりとりを繰り返し相談し、その後、私たちとの面談につながった。現在、会員サイトの運営会社に弁護士が配信停止の交渉をしているところである。
さまざまな業者が参入している
A子さんやBさんのような相談が、過去約3年間で私たちの元へ200件以上も寄せられている。このような制作に関わるのは、一部の個人事業主や反社会的な組織であって、大手の制作会社やAVプロダクションではないと思うかもしれない。