「ハードルの低さ」と「安心・安全」は両立できるか?
これらの実態は、言うなれば、市役所の3階にある建築課の職員が市内にある建築基準法違反の物件のチェックをしている最中に、2階にある福祉課の職員が窓口に来た生活困窮者をせっせと法令違反の宿泊施設に送り込んでいる、といった状況を意味している。行政の縦割りの弊害は大きいと言えよう。ただ、私は法令遵守を徹底すれば、それで良いと言っているわけではない。北九州市の中村荘のような場所は、法的にグレーゾーンであったがゆえに、様々な事情を抱える生活困窮者に対してハードルを設けることなく、破格の宿泊費で受け入れることができていた、という側面があるからだ。「脱法ハウス」問題に典型的であったように、規制のみが進んで、適切な住まいを確保するための支援が行われなければ、生活困窮者は結果的に行き場がなくなってしまう。実際に、「脱法ハウス」への規制が強化されて以降、閉鎖されたハウスに暮らしていた人々は拡散し、以前より見えにくくなってしまった。ネットカフェなど他のグレーゾーンの場所に移った人が多いと見られている。
求められているのは、受け皿としての「ハードルの低さ」と「安心・安全」を両立する施策である。それは福祉政策を主管する厚生労働省と住宅政策を主管する国土交通省が連携をしていく以外に実現不可能であろう。
新たな住宅セーフティネットへの期待
そこで、私が注目しているのは、2016年12月に始まった「福祉・住宅行政の連携強化のための連絡協議会」である。この連絡協議会には、厚生労働省の社会・援護局長や国土交通省の住宅局長を筆頭に関係局の職員が揃って参加し、今後、生活困窮者や高齢者、障害者、ひとり親家庭などを支えるセーフティネット機能の強化に向けて、福祉行政と住宅行政の連携を深めていく、という方向性が確認された。
連絡協議会の開催要項には、「住まいは生活の拠点である。そして、その住まいに医療・介護・生活支援等のサービスを包括的に提供する体制を地域ごとに構築することが生活を支えるために不可欠である」という文言が掲げられた。これはまさに、早川和男神戸大学名誉教授が提唱してきた「居住福祉」の理念そのものである。
また、この理念を現実化するための方策の一つとして、今年(2017年)4月、国会で改正住宅セーフティネット法(住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律)が成立した。この法改正は、高齢者、障害者、子育て世帯、低所得者など、賃貸住宅市場で住宅の確保に困難を抱えている人たちを「住宅確保要配慮者」と位置づけ、都道府県ごとに空き家の登録制度を新設して、オーナーが登録に応じた空き家を活用することで「住宅確保要配慮者」の入居を促進しようとするものである。
増え続ける空き家を活用した新たな住宅セーフティネット制度の創設は、私自身も長年、提言してきたことである。近年、相対的貧困率の割合は上昇傾向にあるが、それと寄り添うように上がってきているのが全国の空き家率である。空き家を低所得者向けの住宅支援に活用することで、状況は改善すると私は訴えてきたが、今回の法改正にあたっては、私自身も衆議院国土交通委員会の参考人質疑に呼んでいただき、意見陳述をさせていただいた。
国土交通省は、空き家の登録制を創設するだけでなく、登録住宅のオーナーに補助金を出し、低所得者が入居できるように家賃を下げる仕組み(家賃低廉化措置)を導入するとしているが、この部分は改正法の条文の中に盛り込まれず、予算措置にとどまっている。そのため、将来にわたって予算を確保できるのかが懸念材料になっているが、法改正の基本的な方向性は支持できる内容になっている。空き家の登録制度は今秋から始動する予定だ。
「住まいは人権」を実現するために
私は1994年、新宿駅西口に出現した路上生活者のコミュニティ、「新宿ダンボール村」に出会って、生活困窮者支援の活動を開始した。以来、路上生活者に限らず、住まいを失った生活困窮者の相談支援に関わってきたが、そこで感じてきたのは「行政の縦割りが問題の解決を阻んでいる」という問題だ。国内で、住まいを失った生活困窮者の問題が顕在化して四半世紀になろうとする今日、遅きに失したとは言え、行政の縦割り構造を克服しようという動きが国のレベルで始まったことは大いに歓迎したい。この動きを注視しながら、「住まいは基本的人権である」という居住福祉の理念の実現に向けて、働きかけを続けていきたい。